アンパンマン

やさしさで顔の一部をあげたのに
「こしあんかよ」って「ワレどこ中や」

小さな子ども用のカレーにプリントされているキャラクター。
アンパンマン、仮面ライダー、ポケモン。
中くらいの子ども用ふりかけにプリントされているキャラクター。
プリキュア、ワンピース、妖怪ウォッチ。

日本人って戦闘民族なのかというくらい、
日本の子どもは小さい時から戦闘モノばかり見ている。
アンパンマンも、プリキュアも、ポケモンも、皆、誰かと戦っている。

こういう「教育的なこと」を指摘するのは西洋人の役目で、
日本人は半分くらい、うるさいなぁと思ってればいいのだが、
確かに、セサミストリートにも、トーマスにも、おさるのジョージにも、戦闘シーンはない。

もちろん、日本にも、おじゃる丸とか、しまじろうとか、ドラえもんとか、
戦闘モノではないアニメは山ほどある。
ただ、日本の小さな子どものアンパンマン好きは異様である。
多くの大人が晩年のやなせたかしに群がって、なんでもいいから描いてもらおうとしたのもうなづける。

ただ、困った人に自分の顔をあげることで空腹を満たすという、ヒーローにあるまじき地味なキャラクターを絵本で描いていた初期のやなせたかしからすれば、アンパンマンを「戦闘モノ」を呼ばれることは、不本意だろう。
もともと「アンパンチ」も「しょくキック」も「メロメロパンチ」も、アンパンマンには登場しなかった。
アニメになって、お約束のように、毎回、バイキンマンが村の誰かに悪さをし、お返しにバイキンマンをアンパンマンがやっつけなければいけなくなっただけである。

しかし、アンパンマンの本質は「戦い」にはない。
彼の本質は「シェア」にある。
「自己犠牲」「正義とは満腹のこと」がアンパンマンが切り開いた、新しいヒーロー像である。
あまり「やっつけること」ばかりを念頭におきすぎると、冒頭のような、やさぐれたアンパンマンの世界が展開されることになるから注意してほしい。

 

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この記事を書いた人

はじめまして慶虫です。西日本で高校生相手に教育系のしごとをしています。 日々、考えたことを書いています。

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