レジ袋有料化

レジ袋が有料化された。
これからは、コンビニでも外食のテイクアウトでも袋に金を払うことになる。
この法制化の流れの背後には、
これまで世界中のプラスチックのリサイクルを請け負っていた中国が、
その役割から抜けたことが大きいと言われている。
ただ、そうでなかったとしても、エコ思想はいまや世界的潮流だ。
(誰がいつ潮流にしたかは知らないけれど)

『レジ袋有料化反対派』というか、すでに施行されているわけだから、
『レジ袋有料化が気に食わない派』は、
レジ袋を有料化したくらいではプラスチックは減らないと主張する。
個々人の小さな努力に期待するよりも、
産業部門でのプラスチック削減にメスを入れた方が効果的だし、
そもそもアメリカや中国などに比べたら日本はエコ大国なので、
日本より先に消費量の多い大国の状況をどうにかしないと、
日本でせこせこ削減しても世界環境には影響がないと言う。

確かにグローバル環境問題への実効性からいえば、
ゴミ袋有料化に意味はないかもしれない。
コンビニでレジ袋を断ってマイバッグを使ったとしても、
自己満というか「エコ気分」になるだけかもしれない。

ただ、これまで、コンビニの店員が商品を入れてくれた袋を、
家に戻って商品を取り出したら、すぐにゴミ箱に捨てていたことは、
無駄以外のなにものでもなかった。
レジ袋が袋として、道具として、果たした役割があまりにも小さく、
ポテンシャルあるプラスチックをとうてい活かしてはいかなった。
それを日本人は「もったいない」とかつては言っていたはずだし、
その、「もったいない精神」は、日本人特有の美意識を生み出してきたりもした。
その「もったいない精神」が、逆に日本人のせせこましさを生んだり、
おおらかな才能を殺してきたこともあったが、
なにかをもったいないと思う精神が、
欧米や中国と違う文化やアウトプットを生み出してきた。
それは、モノを節約する精神というだけでなく、
モノをモノ扱いしない精神や、
モノも人と同じように、十分に利用されるべきというような感性が、
例えば、日本のロボット研究で欧米とは違う方向の進展を見せるように、
他国との違いを生み出してきた。

「もったいない精神」は、日本が資源の少ない国だったために芽生えたとも言われる。
しかし、日本は他国よりも水が豊富だし、作物が育つ肥沃な土地もある。
火山は多いがその分温泉も湧くし、魚も豊富に穫れる。
水がたくさんあるにもかかわらず、日本人は水に対しても「もったいない精神」があるし、
近海で魚が大量に穫れるにもかかわらず、「魚は食べ残してもいい」という感覚もない。
水は流しっぱなしでいいけど、
電気はこまめに消そうという、対象別のもったいなさではなく、
モノ全般に対するもったいなさの感性が日本人にはあるらしい。
それは消費されて消えていくモノに対してだけでなく、
紙袋や包装箱のような機能的なモノにも対してもあり、
イチローがバットを大切に扱うような、道具へのアプローチにも通じる部分がある。
レジ袋が袋としての機能を十分に果たさずに捨てられるのは、
本来、もったいないことだったのに、
システムの便利さは、いつのまにか日本人のモノに対する感覚をも変えた。
世界中どこであっても商品はすぐに袋に入れられるべきという、コンビニのシステムは、
各文化固有の、モノへの感覚を消そうとしてくる。

レジ袋の有料化は地球環境をまったく改善しないかもしれないが、
マイバッグを持つことで、日本人がモノを大切にする気持ちは高まるかもしれないし、
袋を使わないことで、袋の機能の素晴らしさを再確認するかもしれない。
そういう意味で、僕は『レジ袋有料化になんとも思わない派』だが、
ただ、それを実感させるためには、
レジ袋を1枚100円くらいにしないとだめな気もする。