芍薬

美しい女性を形容することばに
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」
というものがある。
そのひとつ、芍薬が、実家のリビングに飾ってあった。
「立てば芍薬」と美しい女性の立ち姿を思わせる花のわりに、
リビングの芍薬は花弁が大きくて、
なんだか、頭がでかすぎる赤ん坊の立ち姿みたいだったが、
それは、「立てば芍薬」ということばを思い出しながら芍薬を見たからで、
芍薬を見た時に女性の立ち姿を思い出さなかったら、
特に、頭でっかちな花だと思うこともなかったろう。

ただ、聞けばその芍薬は、
戦前、満鉄で働き、蒙古で死んだ僕の祖父の兄が育てた芍薬だという。
満鉄?蒙古?祖父?
目の前の桃色の芍薬を説明するにしては、
あまりにセピア色した時代の言葉だったので首をかしげたが、
写真でさえ見たことのないその祖父の兄と呼ばれる人は、
戦前の男子には珍しく花が好きな青年で、
どこからか花の苗のカタログを取り寄せては、
庭に花を植えて楽しんでいたという。
満鉄に務めるために大陸に渡って、26歳の若さで亡くなったので、
75年以上前にその人は実家に芍薬を植えたわけで、
その芍薬が、毎年花をつけ、いろんな人に譲り受けられながら、
今年も、彼が植えた場所から離れた場所で花を咲かせた。
それが芍薬ではなく、柿や桜のような木なら、
何十年も前の「昔の人」が植えたという話から、
昔と今のつながりを想像することもできるが、
花なんて、吹けば飛ぶようなか弱い存在で、
誰かが面倒みていたわけでもないのに、
75年間咲き続けていたなんて嘘みたいだ。

芍薬は、牡丹のように花びらがひらひらと散るわけでなく、
花の頭部分が、ぼてっと崩れ落ちるように散る。
冬の間は、地上に出ている葉も茎も折れてしまい、
地中の中に潜んだ根と茎だけで、1年間春が来るのをじっと待つ。
その間、当然のように台風は来て、気温は上下し、
猫や烏が土を踏み荒らし、
人間が除草剤を撒き散らしたりしただろうに、
この芍薬は、ずっと咲き続けてきたのだ。
誰かに守られていたわけでもないのに。
そうやって、ある花が咲き続けて今にたどり着いたことは、驚くべきことだろうか。
それとも、当たり前のことなのだろうか。
ベトナムの禅僧ティック・ナット・ハン氏は、
「条件が揃えば、顕現する」と言っていた。
条件が揃えば現れ、条件が揃わなければ現れない。
75年間、芍薬が咲く条件がずっと揃っていたということは、
自然というシステムの強固さに驚嘆すべきことだろうか、
それとも、この芍薬の運の強さに驚嘆すべきことなのだろうか。

初めて見た時は、頭でっかちな赤ん坊みたいだった芍薬が、
戦前の話をきき、今日までの75年を想像した上で見てみると、
なんだか、気品ある花に見えてくる。
祖父の兄なんて名前さえ知らないが、
男が男らしくあらねばならない時代に男が愛でた芍薬が、
偶然か必然か、男が弱々しくあってもよいこの時代まで生き残った。
あの時代、彼は、花が好きなことを周りに公言できていただろうか。
それともひっそり家で隠れて花を愛でたのだろうか。
岡本太郎の本の中に、怒声の中、戦場を這いつくばっていた岡本太郎が、
目の前に咲く一輪の花を見て感動する話が出て来るが、
どんな戦場であっても、「花」と「戦争」は交わることがない。
軍事戦争が起こって、多くの人がある名目のために死んでいっても、
太平の世のまどろみの中、人が孤独の中で窒息しそうになっても、
花は、それと関係なく、条件が揃えば咲き、揃わなければ、散る。
人も同様に、条件が揃えば生き、条件が揃わなければ死んでいくが、
花や自然は姿を変えながら、
人よりもこの世に長く生きて、

かつてこの世にいた人のことを後の時代の人たちに伝える。
そうやって自然は人に「記憶」を運ぶ。
人は自然を通じて、時空を超え、会ったこともない人のことを想像する。