ダブルチェック

5年前から「寒くなると咳が出る病」にかかっている。
秋が深くなると、咳が止まらなくなる。
それでも、これまでは、寒い時期が過ぎると治ることがわかっていたので、春が来るのをじっと待っていたのだが、なんといっても、今年の冬は「コロナの冬」である。
人前で咳をして、
「いやぁ、僕、『寒くなると咳が出る病』なんですよ」と言っても、誰も笑ってくれない。
今年の冬は、どの冬よりも厳しい。
皆に厳しい視線を送られる前に、パソコンで、近くの呼吸器科を探しておく。

近くにいい呼吸器科を見つけたので、予約をする。
後日、病院に赴き、問診票を書いた後、先生に、一通り、症状の説明をする。
5年前から寒くなると咳が出ること、春になると咳が止まること。
痰や鼻水は出ないこと、花粉症持ちであること、などなど。
症状を話した後、呼吸に含まれるアレルギー値を調べ、次に、肺活量を含む呼気を調べる。
値はどちらも、正常の範囲内。

医者は、上がってきた検査の数値が書かれた紙を睨んで言う。
「咳喘息の、2歩くらい手前ですね」
まあ、予想通りの、わかっていた結果。
症状はあるが病気とまではいえない予想の範囲内の結果。
想像通りの診断による想像通りの薬を処方してもらった僕は、処方箋を片手に、近くの調剤薬局に向かう。

病院のすぐとなりにある調剤薬局に着く。
処方箋を渡すと、男性の薬剤師が、笑顔でこちらに尋ねてくる。
「今日は、どうされましたか?」
いや、どうされたかは、さっき医者に説明をしたし、処方箋を見てよ。
「咳とかは、出てますか?」
出てるけど、処方箋に書いてある薬が、咳を止める薬じゃないか。
その質問の意図はなんだ。
そもそも、医者に話した内容を、なぜ、また薬剤師に話さなければいけないのか。

何年前からか(もしかしたら僕が気づいていないだけで、何十年も前からかもしれないが)、薬剤師は、妙にこちらにコミュニケーションを求めてくるようになった。
患者が薬剤師に求めているのは、処方箋通りの薬を棚から出してくることだけなのに、なぜか、薬剤師は、患者の容態に口を出してくる。
「咳が出始めたのは、いつからですか?」
「あー、一週間くらい前からです」
病院でのやり取りが、同じように繰り返される。

このやり取りは、どこの処方箋受付窓口でも同じように見られるが、全国一律の対応を考えると、薬剤師が積極的にコミュニケーションを取ってくるのは、おそらく、「薬剤師会」か何か、業界全体の意向なのだろう。
業界全体として、「患者様の容態を積極的に聞きましょう」と、推奨しているのだ。

そして、それはおそらく、薬剤師の存在意義に関わる問題なのだ。
薬剤師の仕事が、薬を棚から出すことだと世間にバレてしまえば、確実に「薬剤師不要論」が出てくる。
薬剤師がやっている仕事なんて「AIにもできる仕事だろう」と世間に思われれば、薬剤師の存在意義はなくなる。
薬剤師は、医者に言われた薬を間違わずに棚から出したり、調合したりという、AIが最も得意とする仕事以外の、人間にしかできない仕事をしなければいけない。
そう、業界内部で議論された末に、
「患者にもっと積極的に話しかけていきましょうよ」
と、積極的な取り組みが決まったのだろう。
しかし、それはまったく患者のニーズに合っていない。
「調剤薬局」とgoogleに打ち込むと「ウザい」と変換予想が出る前に、即刻、考え直したほうがいい。

薬剤師の男性が棚から薬を取り出してくる。
目の前に薬の説明書を広げ、吸入ステロイド薬の飲み方を一から説明し始める。
説明書を読めば済むことを、いちいち口で繰り返さないでほしい。
明らかにイライラした僕を前に、その人は思い出したように尋ねる。
「そういえば、本日、お薬手帳の方はお持ちですか?」
持っていない。
自分の予定を管理するシステム手帳すら持ったことがないのに、『お薬手帳』なんて、持ち歩くわけがない。
「持ってません」
「では、お作りいたしましょうか」
「いや、結構です」

『お薬手帳』はいらないし、作らなくていい。
作ったら薬局にお金が入る仕組みだからといって無駄に勧めてくるもやめてほしいし、「お薬手帳を作りましょうか?」と尋ねるだけで、薬局にお金が入る制度も変えてほしい。
なにより、無駄なやり取りと時間を無くしてほしい。
僕は、話し相手がいなくて、誰でもいいからしゃべりたい寂しいおじいちゃんではない。

以前、薬は、病院内で処方されていた。
それが病院ではなく調剤薬局が管轄するようになったのは、病院内で薬を出していたことで、無駄な薬が多く処方され、患者に無駄な負担がのしかかっていたという理由かららしい。

それを防ぐために、医者が処方した薬は、病院ではなく、薬局が提供することになった。
無駄な薬とお金を省くための、ダブルチェック。
しかし、お金が無駄に出なくなった分、時間と手間が無駄にかかるようになった。
薬剤師による意味のない、ダブルチェック。
最良のシステムというのは難しい。
あっちを削れば、こっちが膨れる。
本当に無駄なことを省きたいなら、健康でいるしかない。

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