ハリボー

「ハリボー」ってドイツ生まれのグミがあって、「グミとか女子中学生かよ」とか自分で言いつつ、よく買って食べる。
けど、グミみたいな、手で掴んで食べる系の食べ物ってのはコロナ以降、売れ行き落ちただろうなと、ひとり、案じる。
マスクを皆がしなくなるようになれば、手先の清潔さに関する敏感さはなくなるのかね。なくなるといいね。そうだね。だね。

子どもの頃、外で遊んだ後に「コーンポタージュ」という名のスナック菓子を食べた後に舐めた指先は毒みたいな、鋼鉄みたいな味だった。
それまで遊んでる中で気にせず触ってた泥とか砂とか鉄棒とかが味としては激マズだということを舌でもって知ったわけだけど、そういう「味」という「ラインを超えてみる」ことで、「ラインを知る」ことが大切なのは、間違いない。

コロナ後の世界みたく、「ラインを超える」だいぶ手前で指先を消毒してしまうと、どこが「ライン」なのか知らずに大人になるし、「感じること」に対していろいろと及び腰になるし、「感覚」が伴ってない言葉は説得力がなくなるし、だいぶ困る。
「ラインを超える」のは、感覚的な、不味さや、痛みや、相手を傷つけたりすることが伴うもんだけど、身を持って知ったことは骨身に染みた分、「教え」が継続する。
逆に、身を伴わずに知ったことは、ただの言葉で、ただの論理で、ただの多数が信じてる常識だから、すぐに忘れるし、続かないし、諦める。

汚い指先を舐めて、毒みたいな、鋼鉄みたいな味を味わうことで、食べ物とそうじゃない物の「ライン」を身を持ってわかるってことは、鉄棒の味を知ればこそ、ハリボーの味わいもわかるようになるってこと。
あぁ、グミがおいしい季節になったね。そうだね。だね。

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