杏ちゃん

ガソリンスタンドに灯油をもらいに行くと、
女優の杏ちゃんの目がタイヤ越しにこっちを見ている。
「タイヤ買お。ブリヂストン」
その視線に、「タイヤは買わないけど、応援してるよ」の視線を送り返す。

イメージの商売というのは大変なものである。
会ったこともない人に、イメージだけで視線を向けられる。
父親の離婚、不倫、母親との裁判、断絶、旦那の不倫、離婚。
子ども三人を一人で抱えることになった強き母親。
それらは誰かを通じて伝えられたイメージであり、
ほんとうのところ、杏ちゃんが、
日々、どんな顔をして過ごしているのかは、他人には知る由もない。
どんな気持ちでタイヤを売ろうとしているのかも、わからない。

心理学のユングは、人生の前半のテーマを「愛」、後半のテーマを「個性化」とした。
いろいろあった人生の前半で、杏ちゃんは「愛」を巡る家族との葛藤に蹴りをつけられただろうか。
もし、つけられたとしたら、後の人生は、「個性化」を往く旅路。
他人がつけたイメージに振り回されずに、「自分自身になる」だけの旅路である。

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