たこぶね

『いつかたこぶねに乗って』という漢詩エッセイがある。
漢詩とそれにまつわるエッセイが書かれている本。
その中に出てくる漢詩のエピソードや人物がまったく聞いたことないような話ばかりで、新しい泉を見つけたような新鮮さがある。
知っている分野の新しい話ではなく、知らない分野の知らない話。

著者は小津夜景さんという人で、フランス在住だという。
詩歌についての知識が豊富で、読書遍歴もすごそうなので、それにまつわるインタビューを見ると、中学生時代の読書にまつわるあるエピソードがあった。

小津さんは、中学生時代、各教科の先生にたくさんの本を渡されていたらしい。
英語の先生から、カルヴィーノ
国語の先生から、リード、益田勝実、エーリック・フロム、イザベラ・バード
数学の先生から、ポー、ミヒャエル・エンデ
美術の先生から、中原佑介
他にも、シュタイナー、カルロス・カスタネダ、ソシュール、島尾敏雄などなど。

それらの本で読破したものは少なかったらしいのだが、そんなに本を生徒にあげる先生たちは珍しい。
本の内容からしても、小津さんとのコミュニケーション手段として、考え出された策だったのではと想像してしまう。
なにか事情がないと、そんなに多くの先生が生徒に本を渡すことはしない。
でも、もしそれがコミュニケーション手段だったとしても、先生たちの団結と積極性を感じる。

本を渡すことは、一歩、プライベートゾーンに入ることである。
先生の本を手にすると、先生と生徒の立場を超え、学校にいない時の先生に触れることになる。
そこには普段の先生が見せない「好き・嫌い」があり、「人」として相対できる瞬間でもある。
それはある子にとっては、見たくない先生の一面だったりもするので、センシティブなところではあるが、「人」として接することで、心を開いてくれることもある。

小津さんのそのエピソードを聞き、自分も教えていた高校生に本を貸していたという、すっかり忘れていた事実を思い出した。
あぁ、あの子にあの本を、あいつにあの本を、あの生徒にはあの本を・・・。
そして、そのほとんどが返ってきていないという、うっかり忘れていた事実も思い出した。

あれ貸したんだっけなぁ・・・それとも、あげたんだっけなぁ・・・。

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