【第3回】この一文を書くことが、向田邦子だなあ

現役の高校生と以前高校生だった人に送る、素敵な本の紹介。
表題本以外の話にふらふら寄り道、
道草食いながら、あれこれお話します。


さあ、話は戻って、向田邦子です。
向田さんはそういう市井の人々を愛情を持って脚本に書く人だったので、エッセイでもその辺にいる市井の人々を、決して軽んじたり貶めたりしませんでした。そんなエピソードの一つに、クリスマスの日、酔っ払ってタクシーに乗った話があります。
クリスマスパーティーからの帰り、友人とタクシーに乗った向田さんは、酔った勢いで、先程まで同じパーティーに参加していた、ある田舎出身の人の悪口を言い出します。
「結局彼は田舎っぺなのよ!」
酒も入り、浮かれた向田さんが悪口を口にすると、周りの友人が調子にのって、その田舎者の地方訛りをからかい、田舎者の行動を馬鹿にしました。
すると、急にタクシーが止まり、振り向いた運転手が
「黙ってりゃいい気になりやがって!東京はナ、田舎モンで持っているんだぞ!」
と大激怒。
向田さんたちは、目的地でもないのに慌ててタクシーを降り、
怒りが収まらないのか、タクシーの運転手は、怒鳴って向田さんたちを追いかけてきます。
やばいと思った向田さんたちが必死になって逃げていると、聞こえる怒声。
「ちょっと!ちゃんとお金、払って!」
慌てて降りた向田さん達は、誰も料金を払わずに逃げていたのです。
向田さんはこの顛末の最後の一文に、こう書きます。
”タクシーの料金を払わずに降りるとは、こちらの方がよほど田舎ッペである”

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自分の身の回りで起きたことを書くことはエッセイで多くの人が取る方法ですが、エピソードの最後に、この一文をちゃんと書くことが、向田邦子だなあと、僕は思います。

話としては、運転手が追いかけてきた理由が、向田さん達の無賃乗車だったということで、”ちゃんちゃん”です。
他のエッセイストなら、「なんと私達はお金を払っていなかったのです。丁寧にお詫びをして、タクシーは夜の赤坂を走り去って行きました」で終われる話を、「田舎モンを馬鹿にした自分がよっぽど田舎モンだ」と自分を下げることで、田舎出身の運転手をちゃんとすくっています(しかも恩着せがましくない書き方で)。
世間の人に対する目線と自分を見つめる目線。これらを描く文章のさじ加減が、他のエッセイストと違う点のように思います。

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出典

向田さんは、子どもの頃から転校を繰り返していた人で、鹿児島を自分の故郷のように感じてはいたものの、どちらかというとノマドというか、自分の地元はどこにもないという意識が強い人でした。だから、田舎から出てきた人、自分の中に田舎を持っている人を悪く書けなかったのかもしれません。

向田さんのエッセイには、誰かを罵る言葉がほとんど出てきません。でもそれは、向田さんがいい人で、礼儀正しい人だからではなく、向田さんが人間の弱さを知っていた人だからです。向田さん自身が普段から、調子に乗ったり、分不相応の高い水着を欲しがったり、見栄を張って引っ込みがつかなくなったりする人でした。自分の中にある弱さ、恥ずかしい部分を直視していた彼女は、自分を罵る言葉はもっていても、他人を罵るような行為には考えが、及ばなかったのだと思います。

ほんとうに何かを「見ている」人は、自分と切り離して、客観的に、対象を見たりはしません。なにかを見ると同時に、それを見ている自分を冷徹に見る、もしくは、その対象の中に潜り込んだ上で、自分を含めた対象を見るのです。それを、仏教では「観る」といいます。だから、向田さんのエッセイには、誰かを批判したり、断罪したりするシーンはでてきません。誰かの悪口を言うのではなく、あくまで、そこには、向田さんがその人たちを見つめる「目」だけがあるのです。

人が人を罵ってしまうのは、自分と人を比べてしまうからで、至らない自分と他人を比べて、劣等感を抱いたり、嫉妬したり、批判したりしてしまいます。逆に、人よりも自分が勝っていることをなんとか示そうと、強気になったり、自分を誇示してみたりすることもあります。

しかし、向田さんは、他人と自分の間に、むやみに線を引いて、自分が人と違うことを声高に主張するような人ではありませんでした。向田さんは、人と自分の違う部分を主張するのではなく、人と自分が同じように持っている、人間の弱い部分やせこい部分を見つけて、共感したのです。あぁ、あの人も、私も、同じなんだ、と。
そして、その上で、それでも、自分にできることは、自分の生を生きることであり、「自分が生きれるのは自分の人生だけなのだ」という現実を直視したのです。向田さんが死後も、多くの女性のファンを失わなかったのは、彼女が、自分らしくあろうとしたからではなく、自分ができることを精一杯やって生きたからだろうと思います。

 

–2016/06/22−
<次につづきます。>