オーラ

オーラってなんだろうと思う。
「オーラがある」とか「オーラが見える」とか言う人がいるけれど、
そんなことがあるんだろうか。
最近は見なくなったけど、一時期テレビでは、
オーラを「色」で分けて、守護霊とセットで本人に教えてくれる番組がやっていて、
オーラってのはクレヨンみたいに色分けができるんもんなのかと
感心して、チャンネルを変えていた。

実際、その人たちにオーラが見えているかどうかはしらないけれど、
世の中には紫外線や赤外線が見える生き物もいるし、
wi-fiが見えるっていう人もいるくらいだから、
オーラが見えていてもそんなに不思議じゃないのかもしれない。
オーラの色が見えて、それを色分けすることができたら、
星座占いとか動物占いくらいには、人に安心感を与えることもできるのだろう。

オーラとはラテン語で「風」「香気」「輝き」を意味する「アウラ」から来ているらしい。
これを日本語で言うと、たぶん、「気」のことだ。
東洋では昔から「気の巡りが悪い」とか「気の抜けた顔」とか、
目には見えない「気」の存在を重要視してきた。

日本マンガの金字塔である「ドラゴンボール」でも、
「気」は至るところで登場するが、
作品中の「気」には、大きく2つの効能がある。
一つは、「エネルギー」としての「気」。
もう一つは、「気配」としての「気」である。

「エネルギー」としての「気」は、主人公たちが打つ「かめはめ波」に現れる。
「かめはめ波」でも「気円斬」でも「魔貫光殺砲」でも「どどん波」でもいいが、
とにかく、エネルギーとしての「気」を手の平や指先に溜めることで、
エネルギー波が打てるようになる。

もう一つの「気」は、「気配」として扱われる。
主人公たちが修行して気が使えるようになると、
姿が見えない距離であっても、誰がどこにいるかわかるようになったり、
逆に、自らの「気」を消すことで、自分の存在を相手に知らせないことができるようになる。
目の前の相手の「気」を感じることで、一瞬にして、
自分と相手との能力差を知ることさえもできる。

一般的に「オーラがある」という時の「気」の使われ方は、後者のことだ。
「オーラがある」といわれる有名人は人に気付かれやすく、
「芸能人なのにオーラがない」といわれる人は、
気配が薄く、街なかでも人に気づかれにくい人のことをいう。
つまりは、気配や存在感のことを「オーラ」と呼んでいる。

「気」をコントロールできる『ドラゴンボール』の主人公たちは、
遠くで戦闘が行われている状況も感じ取ることができる。
「すげぇ気のぶつかりあいだ」と。
「気」が使えるようになると、外の「気」=気配に敏感になるのだ。
芸能人やスポーツ選手のような有名人にオーラがあるのは、
この「気配」を感じることに敏感になるからだろう。
自分に刺される多くの気配=視線を意識することで、
他人の気配に敏感になり、自分の「気」にも注意が向くようになる。
以前、大阪で見た橋下元大阪市長は、群衆の中でも、オーラがビンビンだったが、
それは、大阪都構想の是非を問うた住民投票前最後の演説に向かう最中で、
自分の一挙手一投足が、何万人もの人に見られている状態では、
他人の多くの気配を受けて、自分の「気」が外に放出されっぱなしの状態だったからだろう。

そうしたビンビンのオーラは歴史上の聖人たちにも多く見られたために、
オーラに圧倒された人々は、それを「光背」という表現で、絵画などに残してきた。
光背とは「見よ、後光が差している!」という時の「後光」のことで、
頭の後ろに円で描かれることもあるし、放射線状で表されることもある。
これは洋の東西を問わず見られる表現で、
キリストや十二使徒の頭には丸い光背が光っているし、
ムハンマドや預言者の頭にも、炎のような光背が差している。
エジプトの太陽神の頭にはボンカレーみたいな二重の円が浮かんでいるし、
阿弥陀如来の後光は、全方位に放射線が伸び、世界中をあまねく照らしていることがわかる。

これらの聖人や神や仏たちは、
現代の有名人のように、多くの人々に見られることでオーラが出たために
後光が差してきたわけではなく、
「気」を自分でコントロールすることに邁進していった結果、
「気」が体内に充満しすぎて外に漏れ出してしまい、
誰の目にも明らかなオーラになってしまったのだろう。
そう考えると、『ドラゴンボール』の中の、
「エネルギーとしての気」と「気配としての気」はつながっているものといえる。
「気配」をコントロールすることで「エネルギー」に転化することもできるし、
「エネルギー」を操ることで「気配」をコントロールすることができるのだろう。
だとすれば、歴史上の聖人たちも
「かめはめ波」や「どどん波」を撃てたのかもしれない。
けれど、それは「かめはめ波」のような、
「人の肉体を撃ち砕くエネルギー波」という形ではなく、
「人の精神を撃ち抜くエネルギー波」の形をしていたに違いない。