カルシウム味③

①から

(つづき)
天文学者のコペルニクスが、
天動説から地動説へと移る「コペルニクス的転回」を展開していた16世紀、
惑星の数は8つどころか6つだった。
高性能の望遠鏡がない時代に発見された惑星は「水・金・地・火・木・土」までで、
その先にさらに別の惑星があるなどとは考えもしなかった。

「ケプラーの法則」で、惑星の周回軌道が「円」ではなく「楕円」だと発見したケプラーも、
土星の外に惑星があるなんて考えなかったし、
惑星は6つであることは必然なのだと信じていた。
近代科学につながる大発見をしたケプラーでさえも、
当時のキリスト教が支配する前近代的な価値観の中にいて、
神が完璧な宇宙を作った以上、惑星は6つであるはずだと考えた。
その理由は、惑星が6つあるということは、惑星と惑星の間は5箇所あるということで、
そこに、プラトンがかつて世界を構成する元素と対応させた5つの「正多面体」
(四面体、六面体、八面体、十二面体、二十面体の5つしか存在しない)を置いていくと、
神が作った完璧な宇宙が表現されるからというものだった。
つまり、この宇宙を神が作った以上、
惑星は6つ以上あってはならないし、あるはずがないのである。
そのように神の完璧さを信じてスタートしたケプラーの研究は、
皮肉にも、地球を含む惑星の軌道が、
完璧な「円」ではなく「楕円」だということを証明してしまった。

神がつくったはずの宇宙が完璧な姿ではないと自分自身で証明した際、
ケプラーはなにを思っただろう。
さすが、神が作った楕円は「完璧な楕円」だな、とでも思っただろうか。
自分たちの周りを星たちが動いていると思っていたのに、
実は星ではなく自分たちが動いており、
しかも、その軌道も「円」ではなく「楕円」だと知らされた当時の人々は、
世界観を覆されて、なにを思っただろう。
これまでの教会の説明とのあまりの違いに困惑し、恐怖したかもしれない。
そして、その恐怖が人々を見境ない魔女狩りに走らせ、
ケプラーの母親をも、魔女裁判にかけることになったのかもしれない。

しかし、そんな激動の時も、多分、当時のこどもたちはあっけらかんとしていて、
世界が覆されたことにワクワクしたことだろう。
それは、ロックバンド・ブルーハーツが名曲「情熱の薔薇」で
「見てきたものや聞いたこと いままで覚えた全部 デタラメだったら面白い」
と歌ってたように、
この世界に遅れてやってきた子どもたちは、
コペルニクス的転回をいつの時代も待ち望んでいる。
現代においても、人気マンガ「ワンピース」や「進撃の巨人」が、
一般の人々(大人)が知らされていない
世界の仕組みや歴史を明らかにするというストーリーを、
一つの軸にして物語が進んでいることからも推測できる。

そう考えると、子どもたちは「カルシウム味」が、6つ目の「基本味」に認定されても、
喜んで受け入れるんだろうな。
聞き慣れない「カルシウム味」に困惑するのは大人だけで、
子どもは、固定的で完璧な「味の正四面体」が成り立たなくなっても、
「旨味」のネーミングが変でも、
嬉々として、新しい秩序を喜ぶのだろう。
そして、5世紀後くらい後に、
「かつて、基本味が8つではなく6つの時代がありました」と回顧する時代がやってきて、
「当時、大人たちは、6つ目の基本味が『カルシウム味』であることを
なかなか受け入れませんでした」
と呆れられる日が来るのかもしれない。