一期一会

新型のコロナに襲われても、3月はやってくる。
別れの季節には、その別れゆえに
「人との出会い」について思いを巡らす機会が増える。

人との出会いを考えていると、「一期一会」という言葉を思い出す。
一般的には人と人との出会いの大事さ、素晴らしさをさす言葉だが、
茶道では、モノとの出会いにも使われる言葉だ。
たまたま出会った茶碗、掛け軸、香合。
それら道具との出会いも一期一会であり、
今後二度と出会えないものであると教えられる。
「その一度きりの出会いを大切に」と。

「一期一会」は、千利休の弟子、山上宗二が記したとされる
「山上宗二記」内に利休(もしくは武野紹鴎)の言葉として出てくる。
「一期に一会の会のように、亭主を敬い畏まるべし」
また、江戸末期に井伊直弼が「茶道一会集」の冒頭で
「一期一会」と書いたことから一般に広まったと言われている。

利休が「一期に一会のように(一期一会)」と言ったとされる戦国時代は、
「多死」の時代だった。
戦で人が死に、衛生状態が悪いために赤子が死に、
医療が発達していないために病気で人が死んだ。
利休も妻と死別し、子どもと死別し、
「一期に一会のように」と書き記した愛弟子・山上宗二にも先に逝かれた。
しかも、自身は、時の権力者・秀吉の怒りを買っての自害・梟首。
一人の権力者の感情で生き死にが決められてしまうような時代に利休は生き、
「一期に一会のように」と言い残したのだ。
それは死が身近にあるからこそ出てきた言葉だったのかもしれない。

利休が生きた時代と、死が日常から切り離された現代では、隔世の感がある。
現代は高齢化時代で、ある意味「多死の時代」とも言われるが、
日常に死を感じる場面はほとんどない。
平均寿命が80歳と言われれば、
なんとなくそのくらいまで生きられるような気がする時代。
死体が道端に転がっていることもなく、死は日常とは別に存在している。

「一期一会」は永遠の別れである「死」に深く結びついているので、
「死」が切り離されてしまった現代で
この言葉を噛みしめることができる瞬間はほとんどないのかもしれない。
インターネットやスマートフォンの普及によって、
「死」だけでなく、「死」以外の「別れ」も、日常から切り離されつつある。
スマホで、SNSで、常につながっていられる時代には、
本当の「サヨナラ」がない。
誰かと別れる場面が訪れても、SNSでつながっている限り、
それは本当のサヨナラではなく、その場限りのサヨナラだ。
連絡を取ろうと思えば取れるし、SNSを眺めていれば、
なんとなく相手の動向も流れ込んでくる。

「本当の」サヨナラがなければ、
それは一度きりの「本当の」出会いにはならない。
「一期一会」の中には「次はないかもしれないよ」という囁きがある。
「これが最後かもしれないよ」
「もう二度とないかもよ」と。
今はお互い元気だとしても、次会う時には、
あなたと私、どちらかが死んでいるかもしれない。
戦か、病気か、為政者の怒りに触れてか。
もし幸運にも生きていたとしても、このメンバー、この道具、
この季節・時局での会は今回きりでしょうね。
だからこそ、今・ここにしかないこの時を、この会を大切にしましょうね。
そういった、本当の別れ、本当のサヨナラを感じられる時代には、
「一期一会」の意味が、今よりもすっと体に入ってきたのだと思う。
(つづく)