人間の背はもう伸びない

小学生の頃、ずっと身長が低かった。
中学生にあがっても、周りの成長速度に遅れを取り、
クラスでの並び順は、どんどん前の方になっていった。
高校に入ると、ようやく成長期が遅ればせながらやってきて、
一年に10cmずつ首を押し上げたので、
高校を卒業する頃には、日本人の平均身長を超えるくらいには大きくなった。

周りと比べて身長が低かった頃、
周りの大人は「お父さんもお母さんも大きいから(そのうち伸びるわよ)」と慰めてくれていたが、
別に小さいことを恥ずかしいとは思っていなかったので、
「そんな気使わんでいいよ(大したことじゃないから)」と思っていた。
小学3年生の時に、好きな慣用句やことわざを一つ選ぶという国語の授業があり、
当時の僕が選んだ慣用句は、「山椒は小粒でもぴりりと辛い」だった。
周りよりも背の小さい自分を、山椒と重ね合わせていた。
山椒ってなにかよくわかってなかったけど。

当時、世間では、背を伸ばすためにはカルシウムを摂るといいとか、
ジャンプするといいと言われていて、
周りには、背を伸ばすためにバレー部やバスケット部に入る背の低い友達もいたが、
ジャンプして背が伸びるって、どういう理屈なんだろうと不思議だった。

現在は、背を伸ばすためにはカルシウムよりもタンパク質が大事と考えられているらしいが、
食事が大切だということは変わっていないらしい。
当時も今も、身長の高い低いに大きく関係するのは、「遺伝」と「食事」で、
2014年には、「身長の80%が遺伝の影響」だという論文が「Nature Genetics」に出たらしい。
背は、ほぼ、遺伝なのだ。

しかし、ここ150年、日本に限らず、アメリカやイギリスなどの先進国で、
平均身長は10cm以上も伸びている。
オランダに至っては、ここ150年で19cmも伸びており、
今では男性の平均身長が184cmと驚異的な高さになっている。

その原因は食事と疾病で、生活の質の変化が、平均身長を高める最大の要因。
そのことは、もともと同じ生活をしていた韓国と北朝鮮の人々の平均身長が、
この60年で、8cmも開いたことからも伺えるという。
健康で栄養のあるものを食べれば、背は伸びるのだ。

「食事」は「遺伝」とは違い、生得的な要因なので、
親から子へと、遺伝として伝わるわけではない。
お父さんが子ども時代に、たくさん牛肉を食べて大きくなったとしても、
その分の身長が、子どもに引き継がれるわけではない。
引き継がれるのは、おじいちゃとおばあちゃんから引き継いだ遺伝情報で、
おじいちゃんやお父さんが食べた栄養ではない。

そう考えると、現代の若者の背がおじいちゃん世代よりだいぶ大きいのは、
栄養価の高い食事を摂ったからだということになる。
この150年間で、特別、背の低い遺伝子を持っている人が多く亡くなったり、
背の低い人達が、子孫を極端に残さなかったという話も聞かない。
他の要因である、睡眠や運動が、ここ150年で飛躍的に改善されたとは思えないし、
むしろ、子どもの睡眠の質や運動量は悪くなったように思うので、
食事の威力たるや、恐るべきものだ。
食べ物が変わるだけで、人がこんなにも大きくなるなんて、
なんだが不思議。
いや、当たり前だけど、その当たり前に驚く。
今の若者の手脚は、親や祖父母世代に比べてかなり長くなったように思うが、
それは、現代の若者の食生活がよいから、という理由だけなのだ。
飯食った分、手が伸び、
飯食った分、脚が伸びた。
そう思うと、親や祖父母世代が食べていた食事は、どれだけ質素だったんだろう。
食べ物って、大事だな。
今って恵まれてんだなと、改めて感じ入る。

しかし、大変困ったことに(本当は困っていないが)、
ここ20年ほど、日本人の平均身長はまったく伸びていないという。
平成の始めで止まったまま、伸び悩み。
同じように、アメリカでも、ここ45年、伸びが止まっているらしい。
栄養価の高い食事は明らかに45年前より多くの人が摂れるようになっているはずなのに、
アメリカ人の身長もまた、伸び悩んでいる(だれも悩んではいないが)。

その原因として言われていることは、肥満の増加や運動不足、睡眠の減少などらしいが、
食事だけで身長を伸ばすのは、ここいらが限界なのかもしれない。
20世紀は、栄養不足や飢餓が社会問題として言われてきたが、
今や、どうやって人々の栄養過多を止めさせるかを、先進国は模索している。

17世紀のフランス人の平均身長が162cmしかなく、
19世紀に英雄だったナポレオンも、168cmしかなかったことを考えると、
今の人たちは大きくなりすぎたのかもしれない。
十分に栄養を摂った我々の身長は、このくらいでストップだろう。
これからは、軽々と、子どもたちが親世代の身長を超すことはなくなっていく。
それは、「成長」の意味が変わるということ。
栄養のあるものを食べて親の背を超していくということが、
そのまま、社会が豊かになっていくことの現れでもあった時代から、
物質的なものとしての成長が目に見えない時代になっていくということ。
「成長」を比喩として考えると、そういうこと。
これからの人たちは、身長ではないなにかを
もっともっと伸ばしていかねばならない。