心頭滅却

世の中がだんだん熱くなってきた。
政治の話ではなく、気温の話である。
昼間じっとしているだけで汗ばんでくるくらいの陽気だが、
夜や朝はまだ涼しく、暑いといってもまだまだ知れている。
そう思って油断していたが、
よその家では、すでに、毎日冷房をかけていると人づてに聞いた。
はて。そんなに暑いか。
暑いと思うから暑いんじゃなかろうか、
冷房をかけるから暑く感じるんじゃなかろうか、と疑問に思う。
うちの霧ヶ峰はまだホコリをかぶっている。

これは経験から身についた考え方だが、
「暑っちぃ」と思わず、「夏だな」と思えば、そんなに不快にはならない。
「暑い」と思えば、部屋のじめじめや肌のべとべとも気になってくるが、
「夏だな」と思えば、「湿度が上がっているな」と感じるだけだ。
「感じたこと」を「認識」してはいけない。
感じたことは、感じたままに、それをそれとして置いておけば、
そんなに暑さは感じない。
たとえ「暑さ」を感じたとしても、そんなに「不快さ」は感じない。
「心頭滅却」までしなくても、「認知」をさぼっておけば、
6月の暑さくらいはしのげる。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」というのは、
「考え方次第で感覚はどうにでもなる」という類の名言なので、
根性論に近い考え方で、近頃は流行らない。
今の世の中、根性を説いて、子どもや部下、お客さんや老人たちが熱中症になったら、
すぐに責任問題か炎上案件になる。
誰も、無駄なリスクはとらない。

「心頭滅却すれば」と考える僕は、冷房をつけている人に、
「冷房なんて40年前にはどこの家もなかったんだから、いらないんじゃ・・」と言う。
そうすると、「今は、昔とは比べ物にならないくらい温暖化で気温が上がってるんですよ」
と返される。
今が昔より暑いという話はよく聞くが、本当かどうかわからない。
さっそくネットで調べてみると、
この130年で東京の平均気温は2度上がっているらしい。
この4.50年では1度ほどの上昇。
たった1度しか上がっていない。
しかも平均気温を押し上げているのは夏よりも冬で(冬が寒くなくなっている)、
夏がここ数年で急激に暑くなったわけではない。

ただ、ヒートアイランド現象で街全体が熱くなり、
アスファルトやコンクリートで、朝晩の気温が下がりにくくなったことを考えると、
体感温度は1度以上上昇しているのだろうと推測する。
しかし、暑いからといって、冷房で部屋を冷やして、
部屋の外には、室外機から出るぬくい風を撒きながら、
「今は温暖化の影響で暑すぎる」と文句を言うのは、なんだか滑稽ではないか。
外を暑くしているのは、自分たちなのに。

常識は時とともに変化するもので、
以前、「子どもはおひさまの下で遊ぶのがいい」と言われていたことが、
いつのまにか「子どもも紫外線対策をすべき」と言われる世の中になった。
条件が変われば、反応も変わる。
今は、どこの学校も、保護者が率先してお金を出し、
教室に冷暖房を付けているらしい。
暑ければ冷房をつけるのが当たり前だとして育った世代にしてみれば、
暑いのに冷房を付けないことは不思議でしかないだろう。
暑いのに冷房もつけず、「心頭滅却すれば」などとつぶやいている人は、
変な人でしかない。
福岡から東京に徒歩で行こうとする人が変な人であるように、
大多数の「当たり前」から外れた人は、社会の仲間にすら入れない。
しかし、そんな人は変な人であっても、健全な人である。
健脚は健やかさの証であり、
健全さは社会のバランスを取る。
社会には一定数、健全さを有する人がいないと極端に走ってしまうことを考えると、
うちの霧ヶ峰は、今日も動きそうにない。