熱烈歓迎2

仕事で一年ぶりにタイの高校に、日本の高校生を連れていった。
訪れたのはバンコクにある私立高校で、
日本からやってきた高校生たちを全校あげて対応してくれるということで、
私たちは、全校朝礼が行われている学校の集会場に向かった。
集会場のドアを開けた瞬間、座っていたタイの高校生たちは、
入ってきた日本の高校生たちを見て「ギャーつ!!」という歓声とともに立ち上がり、
会場は異様な熱気に包まれた。
まるで、ビートルズが成田空港のタラップから降りてきた時のような歓声に、
ただただ唖然とする僕らは、
ウェルカムセレモニーが行われている間中、
こちらに向かって手を振っているタイの生徒たちを横目でちらちら見ながら、
アイドルっていうのは、こんな気分なんだろうなあと思っていた。

日本の生徒が「サワディーカップ」とタイ語で挨拶すれば歓声があがり、
英語で自己紹介すれば、拍手がおこり、
昼休みに、タイ人と一緒にバスケットをプレイすればそれだけで黄色い声援が飛び、
日本の男子学生と写真を撮りたくてタイの女子生徒が列をなしている姿は、
どうにも見慣れない光景で、ただただ戸惑うばかりだった。
タイ人は日本人をなんだと思っているのだろうか。
先生たちは、彼らが、日本から来た「NARUTO」や「ONE PIECE」の声優とでも
間違って伝えているんじゃないかと邪推してしまう。

タイは親日国で、街にはセブンイレブンが溢れ、
日本のアニメやゲームや漫画はいたるところで親しまれているとしても、
あの人気ぶりは異常だった。
以前、アメリカにあこがれていた頃の日本人も同じように、
アメリカ人というだけで歓声をあげたのだろうか。
ビートルズやストーンズには熱狂したとしても、
しがない一介の高校生たちに、アメリカ人というだけで駆け寄って、花を渡すようなことを、
当時の日本人もしたのだろうか。
幕末期にアメリカに渡った福沢諭吉は、
アメリカ人の少女とこっそり写真館でツーショット写真を撮り、
帰りの艦内で仲間たちに自慢していたが、
それは150年前の自慢話であり、
今のタイは幕末期ではない。

今回、訪問した高校だけが特別、日本人を特別視しているということも考えられるが、
去年訪れた高校も、ここまでではなかったが歓待ぶりがすごかった。
それは、タイ人特有のホスピタリティでもあると思うが、
僕の知り合いの日本人も、以前、タイでモテモテだったと聞いたことがある。
その日本人が学食で食べたメニューが学内に張り出されていたり、靴が頻繁に盗まれたり、
その人気ぶりはアイドルと呼ぶに値するものだったらしい。

それはいったい、どういうことなんだろうか。
タイ人は、いったいぜんたい、日本人をなんだと思っているのだろう。
相手を持ち上げすぎることは、相手を正常な目で見られていない証拠でもある。
タイは経験な仏教国であり、国民に尊敬される国王が統治する王国であり(この数年は中々複雑らしいが)、
他国の尊敬を受けるに値する国なので、
日本人を無駄にありがたがったりしないでほしい。
ただの日本人をただの日本人と見てくれないと、
こちらもただのタイ人を、ただのタイ人と見ることができない。
日本もタイも、もう幕末期ではないのだから、
まっさらな目でお互いを見て、まっとうな関係を築きたい。

今回、タイを訪れた日本の高校生の半分以上は初海外で、
初めての海外でこんなアイドル並みの待遇を受けたわけだが、
彼らがそのことで勘違いしないよう、
この待遇が特殊な例であることは、何度も何度も念を押して伝えた。
欧米に行けば、いまだに、アジア人軽視があり、
アジア人というだけで話も聞いてもらえなかったり、軽くあしらわれたりする。
アジアの国にも、日本人に対して敵意や複雑な心境を持っている人々がおり、
相手が笑顔で話していても、心の奥にどういう感情を持っているのか、
推し量りながら会話をする必要がある国もある。
会っただけで歓声をあげられ、向こうから握手を求めてきてくれる国など、
世界にはめったにない。
これはあくまで例外なんだと思って気を引き締めないと、
次からの海外経験が苦いものになってしまう。

ただ、個人的には、今回の歓待ぶりで、
東南アジアでの日本の人気ぶりを改めて見せつけられたようだった。
世界で日本のプレズンスがどんどん下がっていると言われている中、
いまだにというか、ここ20年の日本文化の世界への浸透度は、
日本の影響力をある分野では、確実に増したようだ。
政治学者のジョセフ・ナイは、国の経済力や軍事力(ハードパワー)ではなく、
文化の力(ソフトパワー)で自国のプレズンスを上げることを提唱したが、
日本はある意味それをうまく活用している国なのだろう。
(それを国家がうまくハンドリングできているかどうかは別として)

あのタイ人の熱狂を見ると、まだまだ日本が他国に対してできることや、
やらなければならないことはあるのだなと感じさせられる。
誰かに影響を与えているということはモチベーションや意義につながる。
これからどんどん人口が減り、高齢者が増えてため息がでそうなこの国でも、
国の外側には、日本を求めてくれる人が多くいるという事実は、それだけで活力を生む。

今回、タイの女子生徒から圧倒的な人気をほこった日本の男子高校生は、
あまりの人気ぶりに困惑していたが、
どんな形であれ、求められるということは、一つのきっかけであり、
人は必要とされる場所で生きるべきだという考え方もできる。
彼が帰国して、
新学期の進路希望調査の第2希望くらいに「チュラロンコーン大学」と書いても、
バンコクでの、あの超絶な人気ぶりを見た者は、誰も笑わないはずだ。

「熱烈歓迎1」