田中清代『トマトさん』②

『トマトさん』田中清代・作

田中清代『トマトさん』①を先にどうぞ

天は自ら助くる者を助く

しかし、トマトさんのように、泣きながら周りに助けを求める人(野菜)がいると、トマトさんの周りが団結するようになる 。
人に何かをお願いするということは、人に弱みを見せることで、それは当人にとっては辛いかもしれないが、それがきっかけで、周りは、その人の「弱み」を埋め合わせ、補助しようとする。
道路に穴が空いたら、みんなが協力して、すぐさまその穴を塞ぐように、誰かが困っていることが明るみになると、人は、それを補おうとする。

子どもや老人など、ひとりで生きられない人たちには、周りの協力がどうしても必要で、その協力のおかげで、彼らは日常生活を送ることができるのだが、それは、逆から見れば、弱い立場の人たちが、その弱さでもって、周りの人達を団結させているともいえる。
トマトさんを小川に転がしていった虫たちは、トマトさんを助けてあげているように見えて、実は、トマトさんによって、団結させてもらっているのだ。
「与える側」と「与えられる側」の関係は、根底で逆転していることも多く、多くの場合、相互に、お互いが与え合っているケースか、与えている立場に見える人の方が、多くを与えられているケースが多い。

一人で生きていくことが容易な現代社会では、経済的に誰かに依存しなければ生きていけなかった以前の社会に比べて、一見、皆が、自立しているようにも見える。
しかし、実際は自立というよりも孤立であることが多く、連帯の必要性を皆が胸に抱いても、連帯することができないでいる。どの時代においても、人は孤独や自立を求めつつ、同時に、人との連帯を求めるが、今の時代は、どうやって人と人がつながられるのかを考えなければいけない時代なのだろう。

絵本の中で、トマトさんを最終的に小川に転がしてくれたのは、虫よりも力の強い、トカゲたちだった。
トカゲたちは、最初の段階でトマトさんに声をかけており、トマトさんが最初から意地を張っていなければ、もっと早く、トカゲたちは、トマトさんは小川に転がす手伝いをしたはずだ。

聖書は、「天は自ら助くる者を助く」と人々に説く。
周りの人に助けてもらうためには、まずは当人が「助けて」「どうにかして」と言わねばならない。「自ら助くる」姿勢を周りに示して初めて、周りの者や天が、助けを差し伸べる。

状況を変えるためにできることは、まず、自らの弱さをさらけだすことで、それが、ひいては、みんなのためになる。
そのことを知れば、自分の弱さを隠そうと、無駄に意地を張ることも、一人、ポロポロ泣くことも、駅で右往左往することもなくなるのだろう。
自分でどうにもできないことは、人に頼む。それは、決して、恥ずかしいことではない。駅員さんは、君たちが聞いてくるのを待っているのだから。