男の笑顔

 

昔、男はそんなに笑わなかった。
男が、おかしくもない場面で笑うことはなく、
人前でみだりに白い歯なんかこぼすことはなかった。
へらへら笑らず、口を真一文字に閉じていた頃の男には、
守るべき規範と、従うべき道理があった。
自らの感情よりも優先すべきものがあった男は、
自然に湧き上がる喜怒哀楽を表に出さない努力をした。
”あるべき姿”がはっきりしている人は、
笑いたい時に笑いをこらえ、
”あるべき姿”が特にない人は、笑いたい時に笑う。
規範のない人は、感情を隠す必要がない。

いつからか、男も感情を露わにしていい時代に変わった。
人前で泣いたり怒ったりしてもいいことになって、
逆に、笑顔を見せない男は、
異性からも社会からも評価されなくなってしまった。
野球選手でさえお立ち台で泣いていいことになって、
泣いている選手に送られるのは、ブーイングではなく、拍手と声援だ。
感情を表に出すということは、

自分の感情を押し殺してでも優先すべきものを持っていないということで、
「理想」だったり「矜持」だったり、
自分の感情を抑えてでも守らなければいけないものがない人たちは、
自分の感情を、垂れ流し、
感情を、そのまま、表現する。
テレビでも、インターネットでも、
仏頂面な人に、人気は出ない。
テレビに出る人も、youtubeで稼ぐ人も、
調子がいい時の政治家と同じように、ニコニコしている。
皆からの支持が必要な人は、ニコニコせざるをえない。
今は、男もニコニコしないと、褒めてもらえない。

本来、男はそうあるべきでなく、
「男は黙ってサッポロビール」であるべきだ、というつもりもないが、
「男の笑顔」と聞いてすぐに思い出すのは、
男がへらへら笑っていなかった時代に撮られた写真の中の笑顔だ。
一つは、幕末の土佐藩士・中岡慎太郎の笑顔で、
下関に、「坂本龍馬展」を見にいった時に、
遠くを見つめる坂本龍馬の写真の隣で、こっちをむいて笑っていた中岡。
幕末の、みんながかっこつけて写真に写っていた時代に、
ひとり、白い歯を見せて笑っていた中岡の笑顔は強烈なインパクトだった。
もうひとつは、知覧で見た、特攻隊の一人の笑顔。
出征前に撮られた、あどけない十代の少年の笑顔。
あんな写真の前では、何も言葉がでてこない。

印象に残る笑顔は、笑わないのが当たり前の状況で見られるのであって、
笑うのが当たり前の時代に、印象深い笑顔は現れない。
男の笑顔を素敵にするためにも、
あんまり男は笑わなくてもいいということにしてほしい。
いや、違うか。
男としての規範を失った時代の仏頂面な男は、
ただの、不機嫌なおっさんでしかないのだろうな。