花火大会のあと

2020年が始まった。
今年は東京にオリンピックがやってくる年でもある。
日本人の多くは夏のオリンピックを楽しみにしているだろうが、
2020年夏のオリンピックに東京が名乗りをあげた時、
日本人のほとんどは誘致に消極的だった。

2020年の一つ前の20016年大会に東京が立候補すると石原東京都知事が発表した際、
ほとんどの日本人は、そのことを冷めた目で見ていた。
2009年に行われたネットアンケートを見返すと、
「賛成」と「どちらかといえば賛成」を含めても、4割程度。
「東京オリンピックをもう一度」とか「1964年の興奮、再び」みたいな感覚で、
膨大な金をかけて世界的なイベントを打とうとする東京の発想を、
昭和の成功体験から抜け出せていない典型的な例だなと、
多くの人は思っていた。

「いまさらオリンピックやってどうするの」
国民の多くがそう思い、国内での支持が得られなかったことで、
2016年の誘致は失敗に終わった。
その後、2020年に向けた再度の立候補からライバル都市の脱落などを経て
東京オリンピックは現実的になっていったが、
滝川クリステルが印象深い演説をやっていた開催地決定前夜でさえ、
日本は大して盛り上がっていなかった。
IOC会長による「トーキョー」という決定の瞬間がニュースで流れ、
歓喜に沸く日本の誘致関係者の映像を見て、
はじめて、ああ東京でやるのかと思い、
やるなら、2020年を目安にいろいろ考えていくかと、
腰をあげる人たちが出始めたのだ。

2016年、ブラジルのリオ・オリンピックでリオの市長から旗を渡されたのは、
「東京でオリンピックを」と言い出した石原さんでも
その後を継いだ猪瀬さんでもなく、
オリンピック構想になにひとつ関わっていなかった小池さんだったが、
ともかく、日本はオリンピックを一つの契機として頑張っていくことになった。

去年のラグビーW杯もそうだが、日本人はことが始まる前には冷めているが
始まったとたん熱狂する。
それは悪いことでもないが、熱狂すると冷めていた時のことを忘れてしまう。
2009年、誘致が始まった時点で、
半数以上の日本人が「そんなことやってる場合じゃないだろ」と思っていたが、
決定が決まると、皆、その気持ちを持っていたことさえ忘れてしまう。
当時、「そんなことやってる場合じゃないだろ」と
日本人の多くが思っているんだと
誘致委員会の人たちは肌身で感じていたからこそ
東京五輪の殺し文句は、
「金のかからない”コンパクトオリンピック”」
「東京だけではない被災地も含めた”復興五輪”」にしたのだ。
しかし、蓋を開けてみると、オリンピックの予算額は当初より大幅に増え、
オリンピックに合わせて金が投資されているのは東京だけ。
オリンピックのおかげで、
福島や東北の景気がよくなっているという話は聞こえてこない。
もう東京オリンピックは、
「コンパクト」でも「復興に寄与するもの」でもなくなってしまった。

「2020」を合言葉に2020年まで駆けぬけている人々は、
2020年以降のことなんか考えてはいない。
たぶん日本人は、オリンピックが終わると、
10年前の「そんなことやってる場合じゃないだろ」の地点に戻るだけだ。
もういろいろやっちゃった後として。

10年前、日本人の多くは、オリンピックのような古い打ち上げ花火ではなく、
21世紀に即した、現実的で希望的な社会ビジョンができることを求めていた。
しかし、誰もそれを提示できなかったために、
しかたなくというか、安易に、一夏だけは楽しめそうな花火を見ることにした。
今年、その花火大会は開催され、
一月楽しんだ後、終わってしまう。
そして、10年間考えずにすんだ問題を再び考えることになる。
8月最後の花火大会から帰ってきて、
夏休みの宿題という現実に向き合わざるをえなくなった中学生のように。