調子に乗る大人

  

稀勢の里の横綱昇進以後、相撲人気が盛り返しているらしい。
両国国技館周りの土産屋さんは、笑いが止まらないらしく、
売上が、例年の3倍から4倍はあるという。
店主のおばさんは「ハッハッハッハッ」と、どうにも笑いが止まらない。
「もうどうしましょうねぇ」と、ずっと笑っている。
そのうち時が経つと、
相撲人気も落ち着いて、売上も例年通りに戻る日がきて、
笑いっぱなしだったおばちゃんが落ち込む日も来るのだろうが、
景気のいい、今、絶好調のおばちゃんは、完全に浮かれている。
どう見ても、あの笑い方は、調子に乗っている人のそれだ。

調子に乗っている大人はいい。
大人は子どもに比べてあまり調子に乗らないので、
いい大人が、調子に乗って騒いでたり、
調子を落として落ちこんだりしているのを見ることは少ない。
大人が子どもよりも調子に乗らないのは、
子どものように、日々に新鮮なことがたくさんあるわけではないために、
素直に驚いたり喜んだりができなくなったからだ。
大人は、これまで生きてきた中で、喜んだり落ち込んだりを何度も繰り返しているので、
ちょっとやそっとのことじゃあ、浮かれなくなっている。
景気がいいからって調子に乗ってたら、
すぐに景気が悪くなる可能性はあるぞ。
前もって、現状にそういう疑いをかけて、自分に保険をかける。
調子に乗ると、あとで打ちのめされることを、経験値として知っているのだ。

大人とはそういうふうに生きているので、
大人なのに調子に乗っている人は、
その経験をしてきているにもかかわらず、調子に乗っている人たちだ。
わかっちゃいるけど、嬉しくてたまらない。
わかっちゃいるけど、笑いが止まらない。
その姿は、まるで、子ども。
端から見ている分には、大人よりも子どもを見ている方が、
単純で、素直で、表現があからさまで、面白い。
大人になっても、調子に乗る人は一定数いてほしいな、と思う。
ただ、そんな子どものような大人の周りにいる人は、
子どものような大人と一緒に暮らすことが大変だってことを知っている。
経験値として、よく、わかっている
だから、いい大人なのに調子に乗る人は、一定数いてくれるだけでいいな、と思う。