野暮

YouTuberはいまや、子どもが憧れる職業らしい。
子どもが以前、プロスポーツ選手や歌手に憧れたように、
スマホ画面の向こう側にいるYouTuberに憧れを抱くのだろう。
ただ、YouTuberと一口にいっても、いろんな系統のYouTuberがいるらしく、
それを、普段近くで接している高校生が教えてくれたりもするが、
彼らが細かく分類するほど、そこにある違いがわからない。
若いアイドルが皆、同じ顔に見えてしまうおじさんと同じく、
そこに細かな違いを見る必要性を感じていないのだろう。

有名なYouTuberのもとにはお金がたくさん集まるらしく、
チャンネル登録が多いYouTuberほど、
たくさんのお金を使って企画を行っているという。
(とは言っても、テレビの制作費に比べれば安いんだけれど)
宝くじを何百万円分も買ってみたり、
同じ商品を何百個も集めてみたりして、
とにかく人目を引く動画を作る。
ある有名なYouTuberは、「お祭りのくじ引き屋のくじをすべて買う」という企画で、
箱の中に、1等や特賞などの当たりくじが最初から入ってなかったことを暴き、
一躍有名になったらしい。
お祭りのくじ引き屋には、プレイステーションやニンテンドースイッチなどの箱が、
1等や特賞の景品として飾られているが、
その当たりくじが実は最初から入っていないなんて「詐欺じゃないか」と、
そのYouTuberは、くじ引きのおじさんを批判し、警察へ話を持っていったらしい。

その動画が多くの人に見られらたということは、それを見た人たちは、
YouTuberがテキ屋の不正を暴いたことに拍手を送ったということだろうか。
しかし、そもそも、お祭りの場であっても、
1等の景品を提示しつつ、当たりくじを混ぜていないことは、
詐欺行為に当たるのだろうか。
確かに、不正行為であることは間違いないだろうが、
警察が動かなかったところを見ると、
大した詐欺じゃないのではないかと推測する。
というか、警察も、そんな問題を持って来られて、
正直「面倒くさいな」と思ったことだろう。

なんせ、お祭りのくじ引きに一等が入っていないことなんか、みんなが知っていることだ。
大人だけでなく、くじを引いている子どもたちだって知っている。
知っててなお、金を払って、当たりくじの入っていない箱に手を突っ込むのだ。
だって、それは、お祭りだから。
こころが、どうにも高揚してるから。
だって、どう見てもプレイステーションの箱の中に
新品のプレイステーションが入っているようには見えないし、
各地の祭りをまわっているプレイステーションの箱の表面は、だいぶ黄ばんでいる。
当たりくじなんて最初から入っていない。
そんなこと、誰もが知りつつ、
誰も、そのことを騒ぎ立てず、
暗黙の了解として、お祭りの高揚を楽しんでいる。
それなのに、多くの子どもが憧れるYouTuberは、大人気なく、すべてのくじを引き、
「詐欺だ、詐欺だ」と、はやしたてる。
そういう、皆の暗黙の了解を理解せずに騒ぎ立てる人のことを、
大人は「野暮」と呼んで、避けてきた。
「野暮」がなんなのかまだわからない人のことを、
世間では「ガキ」と呼んで、軽くあしらう。

「野暮」と「粋」の違いがまだわからない子どもは、
将来なりたい職業に「YouTuber」と答えてしまう。
その答えに、大人は顔をしかめるが、
大抵の子どもも、歳を重ねるとその違いがわかるようになる。
脚本家の向田邦子は、かっこいい男について書いた文章で、
「七分の粋と三分の野暮」と言った。
「野暮」も少しはいいが、それは「粋」があってこそ。
世の中は高齢化社会になって歳を重ねた人が増えたのに、
「粋」が増えず、「野暮」だけが増えているように思う。
もしかしたらYouTuberの中にも「粋」なことをしている人がいるのかもしれないが、
まだ、僕には、アイドルがみな、同じ顔に見えるおじさんと同じように、
YouTuberが、みな、同じ顔に見えるので、そこにある違いがわからない。