縮み

確か、日本で一番使われているSNSはTwitterらしい。
Twitterが最上位に来る国は、世界で日本だけらしい。
Twitterは、短い文字だけで発信することが特徴である。
短い文字だけで多くの人に伝える。
まるで、俳句である。

日本の詩の歴史の特徴として、一般人がよく詩を詠んだことが挙げられる。
西洋において、詩人とは、特殊な才能を持った人であり、鋭敏な預言者である。
しかし、日本では、そのへんの一般人が昔から詩を詠んできた。

しかも、西洋言語のように押韻(語尾などを同じ音で合わせる技術)がうまくはまらない日本語では、押韻によってではなく、俳句、和歌のような、定形をつくることでリズムを生み出してきた。
5・7・5、または、5・7・5・7・7のような定形。
つまりは、文字数の制限である。
つまりは、Twitterである。
140字である。

そうした日本人の特性を李御寧は、「縮み」と指摘した(『縮み志向の日本人』)。
縮めたがりの日本人。
我々は、縮めることで本領を発揮する人たちらしい。

そういった話をある教え子にしてみると、その子はツイッターをフォロワー0の「鍵アカ」で6年間も続けていると教えてくれた。
つまり、誰にも見られないのに、6年間、ずっと、SNS上でほぼ毎日、文章を残しているのだ。
誰にも見られないのに書き続けるなんて、それはもう、詩でも俳句でも散文でもなんでもなくて、ただの日記である。
そして、日本には、「日記文学」というカテゴリーも大きく存在する。
妙に日記を書きたがる日本人。
そう、我々が無意識にやりたくなってしまうことは、すべて歴史につながっている。
媒体がデジタルにかわろうがなんだろうが、同じようなことを繰り返すのだ。