ホームレスのおじさんが「ビッグイシュー」を販売している。
「ビッグイシュー」はホームレスを支援する世界的な雑誌で、
販売者に手数料として売上の何割かが入る雑誌販売システムだ。
そのおじさんは、以前から駅前の広場で販売していたのだが、
新型コロナウィルスが蔓延したことで大きな影響が出ているらしく、
4月以降、大幅な減収減益が続いているという。
コロナで人が外にでなくなったことで、雑誌が全然売れなくなったよと言うおじさんは、
20冊以上も残っている4月号以降のバックナンバーを僕の前で叩いている。
コロナ禍で電車を利用する人が減り、
駅前の人通りが少なくなったことが売上に影響しているとおじさんは言っているが、
たぶん、原因は、世間の人の衛生意識がここ数ヶ月で異様に高まったことにもあると思う。
電車の手すりは触らず、エレベーターのボタンは指の第一関節で押し、
人々は、カフェやレストランに入る前には、備え付けのアルコールで消毒するようになった。
人が触るモノを介してのウィルスの拡散がどのくらい怖いものなのかわからないが、
それがわからないがゆえに、だれもが気を使い、どの店もが対策をする。
レストランでおしぼりが出てくれば、手を拭く必要性がなくてもなんとなく使うように、
店の入り口に消毒液が置いてあれば、人は、なんとなく手を消毒する。
そうして、いつも手先を清潔にしなければいけない気分になると、
衛生観念の薄そうな、路上で販売されている地べたの雑誌を買う人は当然、減る。
これまでおじさんから雑誌を買っていた人も、
「 いまは、ちょっと、いいかな」と遠慮するようになる。
テレビで航空業界や観光業界が売上のほとんどを失っているニュースを見ると言葉を失うが、
緊急性、逼迫性で言うと、おじさんに勝る人はいないのかもしれない。
10万円はちゃんともらえたかな。
コロナはテレビに映らないところにこそ、影響を与えている。
路上に積まれたバックナンバーにボツボツと雨が落ちてきた。
「もう店じまいだな」
おじさんが小さくこぼす。
僕は急いで、どれを買おうか、バックナンバーをペラペラとめくる。
「ビッグイシュー」は、毎月、特集記事がおおきく変わるので、
各号に目を通していると、おじさんがずっとあるバックナンバーを叩いていることに気づく。
4月号。
一番在庫の多いやつ。
僕は、さりげなく、4月号を手に取って中身を確認し、
「これと今月号、ください」と言う。
「今月号と4月号ね。合わせて、800円」
僕は、ポケットから千円札を取り出して、雨で少し濡れたおじさんの手に渡す。
「はい。ありがと。また、よろしくね」と、
おじさんは、僕の手に100円玉を一枚返した。
ん?い、一枚?
僕は、その100円玉を見つめ、
そのままおじさんの方を見ると、自分がどういう顔でおじさんを見つめるか想像できなかったので、
100円玉をポケットに入れて、そのまま去り際に、お礼を言った。
「ありがとう。じゃあ、また」
100円をごまかすおじさんを、誰が責められようか。
コロナ禍は誰の上にも、不平等に襲いかかっているのだ。
一刻もはやく、症状としてのリスクと社会・経済のリスクのバランスを取ろう。