凹凸のある神々

漫画「ワンピース」がようやくあと数年で終わりそうなところまで来た。
終盤に突入という段階になって、主人公のルフィが戦いの中で、また、覚醒し、形態を変えた。

ルフィはこれまで、ゴムゴムの実という、悪魔の実の中であまりたいしたことのない実を食べたということになっていたのだが、実は、その実は、太陽の神である「モデル”ニカ”」という名の実だったということが判明した。
そして、その悪魔の実による能力によってずば抜けて強くなるのだが、同時に、ふざけていて、デタラメで、変幻自在で融通無碍な戦い方になるのが特徴である。

「ワンピース」が古今東西の神話から発想を得ていることはよく知られていて、特に、ルフィは、インドの神話からの影響が濃いとされている(考察者たちによると)のだが、主人公が覚醒して「自由奔放」になる、笑いながら戦うという『ワンピース』の展開は、なんだか面白い。
考えてみると、『ドラゴンボール』の主人公は覚醒してスーパーサイヤ人になった際、髪は逆立ち、黄金の”気”をまとって、「冷静沈着」な最強戦士となった。
つまり、覚醒した後、主人公は、神々のように、感情に振り回されない存在になったのだ。

それは「主人公」に限らず、最強の敵であったフリーザ(完全体)やセルでもそうで、敵を絶望に陥れるような冷徹な強さは、その合理性なフォルムと相まって、無駄を省いた強さを体現したような姿だった。
その系譜は、同じく、日本を代表するバトル漫画の金字塔『HUNTER・HUNTER』にも受け継がれ、作中内で最も強大な敵であるメリエムは、フリーザ同様、冷徹で合理的な戦い方をする生命体だった。

そうした「合理、質実、冷静」が重んじられた強さに対して、21世紀序盤の代表的アニメ『ワンピース』の主人公は、「自由・無縫・陽気」を持つ存在に昇華させられた。
その掴みどころのない強さは「老荘」を思せ、その陽気さは、日本神話の中の神々を思わせる。
完璧な強さではなく、凸凹のある強さ。
冷たい強さではなく、温度のある強さ。
そうした奔放な強さは、『ドラゴンボール』の中でも、魔人ブウとして描かれていたが、そこでは、否定的な、というか始末の悪い敵の性質として描かれていた。

少年ジャンプがいまだに「努力・勝利・友情」をテーゼとして掲げているのかどうかはわからないが、巨大な岩石を押したり、人差し指一本で腕立て伏せをする、その先にある強さが、「完璧な強さ」ではなく、「奔放な強さ」であるという提示は、21世紀的なのかしらと思う。
ドラゴンボールが流行った20世紀には、誰もが強くなる理由があり、倒すべき敵がいたと考えると、それが、21世紀になり、外に明確な敵がいなくなり、どういうふうに強くなっていくことが「正義」なのか、誰もが曖昧になった時代とも言える。

20 世紀の漫画『ドラゴンボール』の中で、敵は定期的にどこからかやってきた。
誰かから送り込まれたかのように別々の場所からやってくる敵は、定期的に危険を提供してくれ、その際、守るべきものは、常に「我らが地球」だった。
しかし、ワンピースの世界では、敵はやってくるというより、むしろ自分たちでおびき寄せている。
そもそも主人公が「海賊」という悪者であり、彼らが戦う理由は、「仲間を守るため」であり、敵である世界政府は、彼らの「自由」を犯す存在である。
基本的に、『ワンピース』でも『HUNTER・HUNTER』でも、主人公たちを駆り立てる動力は好奇心であり、『ドラゴンボール』のように、敵がやって来るから仕方なくやっつけるというよりは、「俺らは未開の地に進む。邪魔するやつは排除する」というスタンスで進んでいく。
21世紀には基本的に、「敵」がやって来ない。
バトル漫画にしろ恋愛マンガにしろ、他者や世界への好奇心がないところに物語は生まれないが、「敵」がやって来ない21世紀には、特に、自分で動かないと物語は生まれない。
もしくは、『チェンソーマン』の主人公ように、今日食べるものにも事欠くため、仕方なく戦いに入っていくというのが、他方での、リアルな動機だろう。

現代は、「我らの地球」や「命を賭けてでも守るべき仲間」のような、戦う動機がない人も多いし、世界や恋愛に対する好奇心を持てない人も多い。
『チェンソーマン』のように、最低限の生存が脅かされていない人以外、戦う理由は、特にないのだ。

そうした好奇心だけを動力にしてきたかに見えた『ワンピース』が、物語の終盤で、「太陽の神」とつながり、さらにその登場によって「歴史の暗部」が暴かれるというのは、示唆的である。
歴史との連続性を失い、神々との一体感を感じられなくなった現代人が、自分の好奇心だけを頼りに進んでいった先に、歴史とのつながり、更には、神々と一体化する。
しかも、その神は、完璧な神ではなく、凹凸のある神である。
敵がやって来ない21世紀において、笑いながら戦う神であり人である『ワンピース』の主人公は、物語の終盤、何を魅せるのだろうか。
20世紀の終わりに始まり、100巻を超えて未だ終わらない少年ジャンプの主役漫画が、ようやく終わる(あと5年くらいで)。

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