指導者のビッグドリーム

J2の町田セルビアが首位を走っている。
好調の要因は複合的なものかもしれないが、開幕前から注目されていたのは、今季からチームの監督として、これまで高校サッカー界でしか監督経験がなかった黒田監督を抜擢したことであった。
青森山田高を全国屈指の強豪へと育て上げた高校サッカー界の名将、黒田剛監督が今季からチームを率いている。

高校の部活の監督からプロのサッカー監督へ。
高校での監督経験が果たしてプロでも通用するのか。
開幕前からサッカーファンはその点に注目していたわけだが、今のところその抜擢は的中しているようである。

高校で強豪チームを作り上げた手腕がプロの世界でも通用するというのは、ワクワクする話だが、それが、サッカー界ではなく野球界であればと考えると、同じようなケースを想定すらできないことに気づく。
それは、たとえば、野球界には、プロとアマの間に大きな垣根があるからというような制度的な理由ではなく、高校野球の監督がプロ野球で指揮を取って面白い野球が見られるという期待感が、まったく沸かないのだ。
しかし、それは、高校野球の監督のレベルの話ではなく、野球とサッカーでの監督の役割の違いの話であろう。

野球は、監督が細かくチームを采配しているように見えて、勝敗を左右するような指揮を頻繁に取れるというわけではない。
攻撃時に一球、一球、監督は選手にサインを出しているが、監督ができるのは個々の選手に指示を出すことだけであり、それはいわば、「点」と「点」をつなごうとしているだけである。
それに対して、サッカー(やバスケットやラグビー)は、チーム全体のフォーメーションを「面」として作りあげることができる。
野球がどの場面をとっても、「投手」対「打者」の対決であるために、監督は、「点」と「点」をつないで得点を取り、点をつながせないことで相手の得点を防ぐことしかできないのに対し、サッカーは、「面」としてチーム全体をデザインすることができ、個々の選手が持っている能力以上の実力を、チームとして発揮させることができる。
それが、新しいサッカーの監督が就任する際に、チームに何らかの新たな魅力を作り出してくれるのではないだろうかというワクワク感が生まれる所以である。
サッカーの監督はデザイナーなのである。

それに対して、野球は「個対個」の対決しかないために、監督が「采配」や「フォーメーションのデザイン」をすることができない。
野球の監督にできる最大のことは、「育成」である。
チームスポーツといいながら、ピッチャーが勝敗の半分以上を担う野球において、監督は、大エースを育成することができれば、それだけで勝ちが見えてくる。
そういう意味では、高校野球の監督がプロ野球の監督に就任してもまったく期待が持てないが、プロ野球の2軍や3軍の監督に就任したら、育成という意味でワクワク感がある。
野球の監督は、トレーナーなのである。

ただ、高校生の育成は多分に「教育的な視点」が入っているので、それがそのままプロで通用するとは思えない。
しかし、入団、2,3年目の若手には通用する可能性があるだろうから、プロ野球の球団は、甲子園常連校の監督やコーチを引き抜くというのも、新たな展開として面白い気がする。
ヨーロッパサッカー界では、スコアラーやボール係から始まったキャリアがしまいにはビッグクラブの監督にまで到達するなど、指導者としてのビッグドリームがあるが、こうした指導者のスターを生むことも、業界全体の魅力という点では大切なのかもしれない。

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