旦那がいる女(ひと)を好きになってしまった。
そんな男友達の話をファミレスで聞いている。
もうかれこれ5時間。
賑わっていた店内も静まり返っている。
こんな話はどれだけ聞いても、意味がない。
答えが出ないし、本人も答えを求めていない。
ただのガス抜きに付き合わされているだけだ。
多分、フロイドならこんな話、取合わないだろう。
何の無意識下の葛藤がなにもない話だ。
多分、河合隼雄でもこの話は、取り合わないだろう。
聞かないことで、聞くに値しない問題だと知らせることができる。
フロイドでも河合隼雄でもない自分を、恨めしく思う。
「ならぬ恋」なんて覚めるしか、ない。
客観的には、そう言うしかない。
だけど、主観的には、そうは思えない。
覚めてみればなんてことはないってわかっていても、覚めるまでは夢の中。
補正フィルターをかけて、相手の良い部分ばかりが見えてしまう。
いっそ、悪いところに気づいて、嫌いになれたらどれだけ楽か・・・。
「そういえばね、お前みたいに、
相手の女の悪いところを見て、恋心を断ち切ろうとした男が、平安時代にもいたよ」
平安時代末期に、好きな女のうんこを見ることで、恋心を断とうとした男がいたことを思い出し、その話を、友達にしてあげる。
今昔物語に出てくる容姿も家柄も申し分ない男が、ある女に恋をしてしまった。
しかし、その女は男よりさらに高貴な家柄で、
男は必死に文で想いを伝えようとするが、相手にされない。
会いたい、話したい、触れたい・・・。
想う気持ちが高まりすぎた男は、仕事も何も手につかなくなってしまい、
このままじゃいけないと思い、女への想いを一気に断ち切ろうとする。
思いつめた男が考えたのは、どんなに美しく高貴な人でも、
人間である以上、下から出るアレは、結構なアレのはず。
彼女のアレを見れば、恋心も一発で消えるはずだ・・・というもの。
男はさっそく、女のアレを、”おまる”ごと奪還する作戦を企てる。
平安時代の高貴な女性は、おまる(箱)に用をたして、
それを女性の使用人が処理するのが慣習だったため、
男は屋敷に侵入し、女の使用人からおまるを奪おうとする。
上手く屋敷に侵入した男は、おまるを運んでいる使用人を見つけるやいなや、
力づくでおまるを奪おうとする。
自身が仕える高貴な女性のアレを人様に渡すわけにはいかない使用人は、泣いて抵抗するが、
男の腕力にはかなわず、おまるは、持ち去られてしまう。
企てが成功した男は、屋敷の外で、手に入れたおまるをまじまじと見る。
高貴な女にふさわしく、漆が塗られた立派な箱。
恐る恐る男がフタを開けると、
そこには茶色く色づいた水と、黒みがかった黄色い物体が三本浮いている。
これが、あの女(ひと)のアレか!
男が興奮して眺めていると、鼻に丁子の良い香りが漂ってくる。
え、アレが、こんないい匂いなの!?
そんなはずがないと思った男は、固まりを棒でつつき、鼻先で固まりを匂ってみると、
練りの良い香りが鼻先をかすめる。
好きな女のアレを見たいと考えるだけでも、相当ヤバイ男。
目の前のアレが、得も言われぬ匂いを放っていることで、
輪をかけてヤバイ精神状態だったのだろう。
ついに気持ちが抑えられなくなった男は、女のアレの汁をすすってしまう。
えー!!!!?
「!!!」
禁断の汁をすすった男はあることに気づく。
いや、気づいてしまった。
こ、これは・・・丁子の煮汁。
そして、この固まりは、山芋と甘葛・・・。
そう。
女は、男がアレを盗みにくることを事前に察して、
周到に、アレに似せた、美味しくて香りのよいレプリカを作らせていたのだ。
なんという女!
なんと計算高い女!
あの時、泣いて抵抗したあの使用人ももしかして演技だったのか!?
(今頃、二人して、男を騙したことを大笑いしているのか・・・)
まあ、女のアレを盗みに入る男も相当なアレなので、
女だけを攻めてもアレだとは思うが、女、なかなかの策士・・・。
偽物のアレを掴まされた男は、
そこで「あの女狐めぇ」と怒りから気持ちが切れるかと思いきや、
なぜか女のその、用意周到さにさらに心を奪われてしまう。
アレを見て恋を終わらせようとしたにも関わらず、失敗に終わった男は、
もう募る恋心をどうしていいのかわからず、
気の病から床に伏してしまい、そのまま死んでしまったーー。
あれ。
これ、女の悪いところを見て恋心を断ち切る話じゃなくて、
恋心を断ち切ろうとしたけど、女がその上を行ったために、
恋心が断ち切れなかった話だった。
今、この友達にする話じゃなかったな。
でも、現代に、アレのレプリカ作るほどの女はいないだろうしさ。
好きな女のアレを見て、無駄に大きくなった恋心を断つってのも、
けっこう、いい作戦かもよ。
でも、あれか。
現代はおまるもないし、水洗トイレはすぐにアレを流しちゃうから、
使用人からアレを奪うってこともできないだろうね。
夢から覚めるってのは、いつの時代も、なかなか簡単じゃないね。
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