自分のことは分かっているようで、自分が一番わかっていない。
学生の頃、結婚式場でアルバイトしていたことがあり、
そこに関口君というバイト仲間がいた。
関口君は、仕事が早いわけでも遅いわけでもない、
上司に気に入られることも嫌われることもない、
どちらかというと存在感の薄いバイトだった。
結婚式は、週末の土日しか基本的に開かれないので、
平日はその準備をすることになる。
指示書に従って、テーブルを出し、皿や花を並べ、ナイフやフォークをセットしていく。
仕事が一通り終わって手が空くと、皆、「トーション折り」に移る。
これはトーションと呼ばれるナプキンを、皿の上に飾るために、バラの形に折っていくもので、
折り紙のように手順通りに折っていくと、バラの形になる。
この仕事をサボると、式の前にトーションが足りないと皆が青ざめることになるので、
必要以上のトーションをせっせと折るのだが、
関口君のトーション折りは誰よりも素晴らしかった。
関口君が折ったトーションは、本物のバラのようだった。
ただ、素晴らしかったのは、トーションの出来よりも、
トーションを折っている関口君の姿だった。
「関口君は、トーション折りに向いてるよ」
あまりにも板についていたので、そう関口君に言うと、
別にこんなものに向いてても・・・、という表情を関口君はしていたが、
僕以外のスタッフも、
「確かに」「関口はトーション折るのが似合う」と、僕に同意した。
以前に、何か布を折る仕事をしていたわけでもないだろうに、
折る際の手際がいいのか、丁寧さがいいのか、
何がそんなに関口君とトーションの相性をよくしているのかわからなかったが、
誰が見てもその仕事は関口君に向いていた。
本人は気付いていないが、その人に向いている仕事というのはある。
僕が小学校を卒業する時、
担任の先生がクラス全員にクラスメイトのいいところを書かせたことがあった。
その、クラスメイト全員が僕のいいところを書いた紙は、今も実家にあると思うが、
そこに書いてあったことを、大人になって、ふと思い出すことがある。
自分が思いもしなかったことを、「あなたにはこういうところがある」と褒められたからだ。
日本は、あまり褒める文化ではない。
それでも構わないと僕は思うが、
本人が気づいていない、よい部分は、もっと口に出してもいいんだろうと思う。
自分のことはわかっているようで、自分が一番わかっていなかったりする。
誰かに言われて、はっと気づくことも多々、ある。
関口君だって、あの時、僕がぽろっと言わなかったら、
自分が誰よりも「トーション折り」に向いているなんて、
一生気づかずに終わっていたはずなのだから。
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