1/31 僕の名は・・・

多国籍な人々が集まるアメリカでは、名前が自己申告制になっている。
世界中の、いろんな発音が交じりあうアメリカで、
本国でのようにスラスラと名前を読んでもらえることはない。
シリア人の名前は発音しにくいし、
タイ人の名前はとにかく長い。
日本人の名字だって西洋人には発音しにくいところがあるので、
とりあえず彼らは相手の名前を、短く、短く、していく。
ケイ。ショウ。ヒロ。
本名などどうでもよく、大切なのは呼び名。
だから、名前は、自己申告制でもかまわない。
韓国人は、アメリカンネームをつけることに抵抗がないようなので、
どっからどうみても韓国人顔なのに、
「マイクって呼んで」と、平気で言う。
日本人は、そういう文化に馴染みがないので、
とりあえず、自分の名前を短くして呼んでもらう。

アメリカ人は、簡単にファーストネームを呼び合うけれど、
世界には、諱(いみな)という考え方があり、
安々と呼んではいけない名前というものもある。
古来、諱は、親や親しい人しか呼びかけてはいけない名前で、
それを知られたり呼ばれたりすると、
名前の主の霊性をコントロールされるとされた。
特に、偉い人の名前は伏せられ、
神や天皇のリアルネームを口に出すことははばかられ、
常に、遠回しに表現されてきた。
(逆に、自分の名前の一字を授けることで、
 パワーを人に分け与えるという考え方にも変わった)

しかし、普段、僕たちは、あまりにも普通に名前を呼ばれるために、
名前に宿るパワーの存在を忘れる。
例えば、一昨日見た「サザエさん」の中で、
サザエさんはカツオに、「カツオぉー、お使い行ってきてー!」
と叫んでいたが、
カツオは、自分のことを呼ばれているとは思っても、
名前に宿るパワーに動かされているとは思わない。
でも、もしカツオが今後、事故にでもあってしまって、
生死の淵をさまようことがあったとしたら、
その時、サザエさんは全力でカツオの名を叫ぶだろう。
「カツオ、戻ってこい、カツオぉー!!」
その時、肉体から離れてしまっていたカツオは、
こだましている女性の声が、自分を呼んでいるとは思わない。
それでもサザエさんがカツオの名を叫びつづけることで、
カツオは、ようやく、はっと気づくのだ。
「カツオって、俺のことだぁ!」
”カツオ”が自分のことだということを思い出したカツオは、ようやく
「やっべぇ、戻んなきゃ!姉さんが、呼んでる!」
と、カツオ自身の元に戻っていく。
名前は、「名前」と「本体」が離れた時に、一番、効力を持つ。
「名前」が、「カツオ本体」を引っ張ってくるのだ。

名前にまつわる話は世界中にあり、世界中にあるからこそ、
名前にまつわる物語は、世界中で受け入れられる。
今、世界でヒットしている「君の名は」もそうだし、
アカデミー賞に輝いた「千と千尋の神隠し」も、千尋が名前を奪われる物語だ。
その宮崎監督の「ナウシカ」」を超えるとも一部で言われている、
三浦乱丈のマンガ「イムリ」は、
人の名前を知ることで、相手を操れることができる術士の物語だ。

世界中でヒットしている映画「君の名は」を
恋人同士で見た世界中のカップルは、映画館を出た後に、
「君の名は・・・?」と、相手に向かって聞いたことだろう。
普段、当たり前に呼んでいる名前を忘れたふりして、
「君の名は・・・?」と呼ぶ、その一瞬、
呼ばれた方は、「私の名前は・・・」と自分の名前を考える。
自分自身と名前が、離れる一瞬の乖離の後に、
「○○」と、自分の名前を口にすることで、二人は、出会いを再生する。
私の名前は〇〇。
あなたの名前は〇〇。
お互いの名前を知らない一瞬の空白を、お互いの名前で埋めることで、
二人は、新たな出会いを、擬似的に、再生していく。

その新たな出会いは、多分、疑似的だから、
名前が持つパワーは少ししか効力を持たないけれど、
いつか、疑似ではない場面に出くわした時には、
本当の名前のパワーを感じる時がくる。
例えば、自分の母親がボケてしまった時。
名前なんか呼ばなくても通じ合えていたような母親に、
「あんた、誰ね?」と、尋ねられた時、
息子は、おそらく全力で叫ぶだろう。
「母さん、俺は、〇〇だよ!」
その時ほど、名前に、魂が込もっていることはない。
どうしても伝えたい相手に、全霊を持って自分の名前を伝えようとする時、
名前には、人知を超えた力が宿る。
その時、名を呼ぶことで、昔の記憶を呼び起こすこともあろうし、
呼び起こせず、新たな出会いを始めることになることもある。
どちらにせよ、人と人の関係は、名前でもって始まり、
名前を呼びあうことによって、進み始める。
その名前は、名字でもいいし、諱でもいいし、アメリカンネームでもいい。
どう呼ぼうが、かまわない。
大切なのは、呼び名ではなく、お互いが、呼び合うことなのだ。

 

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