2/22 佐賀弁辞典(1)


ばあちゃんの方言は強烈だ。
父親の方言も僕よりは強い。
どこの地方の人も感じているだろうけど、
世代を経るにつれて方言は薄くなっている。
この点、体毛と似ている。
昔はどこにでもいたであろう剛毛な人を
最近とんと、見なくなった。
このままでは近い将来、脱毛エステなんて
成り立たないくらい毛が薄くなるかもしれない。
方言も体毛も薄くなっていく一方だ。

学生の時、方言の衰退に危機感を覚えた僕は、
自分で佐賀弁の辞書をつくることにした。
誰にも見せるつもりのない、佐賀弁辞典。
制作・編集・発行、おい(俺)、読者、おい。
例文は、周りの人が普段会話で口にしている
言葉で作ることにして、「なるべくリアルな
佐賀弁を集めましょう」と、
心の編集長は言った。

夕食の時、家族の会話を聞きながら、
ちぎった紙にシャーペンでかきとめる。
「うっかんぐっ(壊れる)」
「なんかかっ(よりかかる)」
「よっそわしか(汚らしい)」
「つぅ(かさぶた)」

部屋に戻り、おばさんからもらったみかんを
頬張りながら、書き留めた言葉をもとに、
辞書の編纂に移る。

うっかんぐっ:壊れる(受)
用例:ほんなごて!おいんMDのうっかんげとぉ!
活用:うっかんげとっ:壊れている(状態)
うっかんがす:壊す(能)
参照:ほんなごて(→「ほ」へ)

なかなか、いい調子だ。
地区(部落)ごとに違う語尾の変化も記したいが、
小さな違いがありすぎて書ききれない。
世代ごとの語句の違いも書いておきたいが、
一時期の流行り言葉かもしれない。
若者は「がばい」を「がい」というが、
これは定着するのだろうか。
また、「まじ、あい、がいしとぉ!
(まじで、あいつ、やってくれてる!)」
のように、「がい」(副詞)がかかる用言を
省いた使い方もしていて、方言というより
若者が使う日本語の問題になってくる。
どちらにしても、見極めは難しい。
心の編集長は、
「こりゃ、佐賀弁現代用語辞典も一緒に作らんといけませんな。忙しくなりますぜ。へっへっへっ」
と、水木しげる先生が描くメガネ出っ歯
みたいな顔で言った。
つづく。

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