駒田は、満塁に滅法強かった。
駒田というのは、ジャイアンツにいた左バッターで、
生え抜きながら、FA制度で巨人から他球団へ移籍した珍しい選手でもある。
駒田は、プロ初打席を満塁の場面で迎え、
見事ホームランを打った。
その日から、駒田は満塁に強いとファンは思ったし、
本人もそう思ったろう。
初打席以降も、満塁で駒田に打席が回ると、
皆が期待したし、大抵その期待に駒田は答えた。
プロに入る前から満塁に強かったかどうかは知らないが、
多分そうじゃないんじゃないか、と推測する。
たまたまプロ初打席が満塁で、
たまたま打った打球がスタンドに入った。
その巡り合わせが、本人も含めたすべての人をその気にさせた。
確かカモメのジョナサンを書いたリチャードバッグが、
登場人物である「救世主」にこう言わせていた。
「君が自由だと思えばもう君は自由なんだ、リチャード」
初打席で満塁ホームランを放って以降、
駒田は満塁では必ず打てると思っただろう。
「君が打てると思えばもう君は打てるんだ、駒田」
こころの中の「救世主」はそっとささやく。
現実は大抵、駒田以外の人が「打てないかも」と思ったり、
相手が「打たせない」と思うので、打てないこともあるが
満塁で駒田に回った時は、巨人ファンも相手ファンも
相手の監督も相手のピッチャーも、
「こりゃ、駒田打つな」と思った(ような顔をしていた)。
皆ができると思えば、
あとは映画のように監督の「よーい」から
「スタート」がかかって、カチンコがなれば、
台本に沿って、ピッチャーは投げ、駒田は打ち、
ボールはスタンドへ吸い込まれていく。
駒田劇場の開幕だ。
「こりゃ、こいつ打つな」と皆が思えば必ず打つ。
世界は、そういうふうにできている。
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