(前回の続き)
ラップはもっと「来る」と思っていた。
20世紀のラスト、ロックンロールがパンクロックを経て
ヒップホップに流れ着いたという話だったので、
もっとラップは生活に根付くと思っていたが、
そうでもなかった。
昔の和歌のように恋文に想いをしたためたり、
ロックやフォークが
メロディーにのせてラヴァーへの想いを叫んだように、
ヒップホップのリズムに乗せて、
韻を踏んで愛を誓う時代がくると思っていたら、
まったくこなかった。
ラップという特定のスタイルで想いを届けないとすると、
今まで詩とかラブソングで届けていた想いは
どこへ行ってしまったんだろうか。
アニメキャラのコスプレか何かをすれば、
想いは届くのだろうか。
それとももう「定形」はなくなって、
ダラダラと「自宅から5時間生放送中」みたいなことが
”表現”になっていくのだろうか。
みんなが短い字数で「つぶやく」ようになって、
短歌や俳句とツイッターの関連性が取りあげられるが、
ただ短いというだけで決まり事のないツイッターは、
「定形」という話でいうと、まったく短歌や俳句とは似ていない。
「定形」が復活しないかぎり、
ラップで愛を誓い合う日が「来る」ことは、ない。
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