たしか、しがない風貌の先生だったと思う。
大学の学期初めでの授業の冒頭、
大教室で、がやがや騒ぐ学生を尻目に、
先生はこせこせパソコンをスクリーンにつなぐ作業を終え、
学生に何も言わずに映像を流し始めた。
映像は、アニメーションだったか実写だったか
うる覚えだが、
カメラは、ある一人の人間を写しだし、
徐々に斜め上に引いていった。
段々と小さくなる人間。
カメラはその後もずっと引いていく。
最初に映っていた人間が段々小さくなり、教室全体を映す。
教室も通りぬけ、キャンパス全体を映すカメラ。
一定スピードで、どんどんどんどんカメラは引いていき、
キャンパスからキャンパス周辺の地域全体を映す。
地域全体から街全体。街全体から県全域。
県から関東、関東から日本列島全域。
日本からアジアから地球。
カメラはどんどんどんどん引いていき、地球を飛び出した。
その後も変わらぬスピードで、
地球から太陽系。太陽系から銀河系。
銀河系からそのまた銀河群。銀河群から銀河団。
私達が住んでいる銀河系がケシ粒になるまで引いたカメラは
ある点でぴたっと止まった。
そこは、宇宙と呼ばれる場所なのだろうが、
静寂が包み込むような、何もないようで何かあるような
よくわからない「無」の空間だった。
数秒止まったカメラは、今度は、
今までとは逆方向に動き出す。
カメラはどんどん、同じスピードで、
元来た道を戻っていく。
銀河団から銀河郡、銀河群から銀河系。
銀河系から太陽系から地球から日本。
どんどん戻っていき、最初の人間が映ったな、と思ったら、
今度はその人間の中に入っていった。
どんどん体の中に入っていくカメラ。
体の中の臓器や血液の流れを映しだす。
どんどん奥に入っていき、臓器の中に潜り込む。
生き物のように動きまわる臓器の中から細胞へ。
細胞から分子。分子から原子。
原子を構成する原子核、を構成する中性子へ。
そして、中性子に寄っていって
素粒子に飛び込んだカメラが映した空間は、
さきほど銀河の果てに果てに見た、
何もないようで何かあるような、
静寂にも似た「無」の世界だった。
自分の外に広がる世界の果てと、
自分の内に広がる世界の果ては、同じ風景だった。
映像はそこで終了し、最初ざわざわしていた学生達は、
じっと画面に釘付けになっていた。
「いつも授業の最初に、皆さんにこれを見てもらうんです」
先生は、穏やかにいった。
その授業が何の授業で、あの先生が何の先生で、
授業の成績が何だったのか、まったく思い出せない。
ただ、あの先生が学生に伝えたい事があったんだという
ことだけはしっかり覚えている。
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