
「何食べたい?」
 そう聞かれて「なんでもいい」と答えるのは最低の返しだ。
 「何食べたい?」と聞かれたら、
 なんでもいいと思っていても、
 「中華」とか「寿司」とか、何か言わなければならない。
 例え「中華」と言ってみても、
 「えー?中華ぁー?」
 と返されたりするのだけど、
 とりあえず何か具体的に言ってみないと話が前に進まない。
大学生の頃、たまに帰郷すると母親が「何食べたい?」と言うので、
 何でもいいと言いたい気持ちをぐっと抑えて、
 「んー、そうね。パンチのあるものかな」
 と答える。
 「ぱ、ぱんち?」
 母親はパンチのあるものが何かわからない。
 「味の濃い料理ってこと?」
 パンチのある食べ物イコール味の濃いものではない。
 「肉ってこと?」「辛いものってこと?」「お腹いっぱいになるものってこと?」
 母親は次々に質問してくるが、
 全部、合っているようで合っていないようで、
 僕も「うん」と「ううん」の間で唸っている。
 う、うーん・・・。
 「パンチのあるものってのはさ・・・、要はさ・・・
  えーっと、婆ちゃんの料理みたいじゃない料理のことよ」
 そう。
 婆ちゃんがよく作ってた、煮魚とか煮物とか煮っころがしとか煮しめとか。
 ああいうのは、パンチのない料理。
 夕暮れまで外で遊んで帰ってきて台所を見た瞬間に、一気にテンションがさがる料理。
 腹ペコの少年をどん底に突き落とす料理。
 そういうのが、パンチのない料理。
 パンチのある料理ってのは、その逆に位置する料理のこと。
そう言ってその晩作ってもらった料理がなんだったのかは思い出せないけれど、
 あれから十数年。
 一人暮らしをしていると、外で惣菜を買うことが多くなり、
 どうしても、必要以上に味の濃いものを食べてしまう。
 ああ。
 まったくパンチのないものが食べたいなぁ。
なんのパンチもないねっとりした里芋や、
一切パンチのない出汁に浸った昆布が食べたい。
 今なら、煮物でも煮魚でも、パンチがなければない晩ごはんほど、
一気にテンションがあがる気がするんだなぁ。

 
 

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