茶室に入る。
初めていく茶室だ。
にじり口という、背中を丸めないと入れないような狭い入り口から入る。
体を縮めて入ると、中は薄暗い。
小間といわれる4畳半の部屋。
狭い。
4畳半に客3人と亭主の4人。
インドの大家族の家におじゃました時と同じような圧迫感だ。
おじゃましたことないけど。
今の茶道の原型を作った千利休という人は、
これよりも狭い、2畳の茶室を作っていた。
2畳のスペースに、亭主と客。
息が詰まったろうな・・・。
膝を突き合わせた、男と男。
狭い部屋に向かい合って座る、おじさんとおじさん。
「お茶」がなぜ、清浄を重んじたかよくわかる。
そんな狭い空間で、どちらかが臭かったら大変なことだ。
最終的に2畳にまで狭められた茶室は、極限まで余計なものを切り落とされているので、
現実世界とは違った、異空間を生み出す。
極限まで造形をデフォルメしたマンガみたいなもので、
茶室の中にいると、なんだか「童話」の中にいるような気持ちになってくる。
にじり口もそうだし、
亭主たちが出入りす給仕口・茶道口も、
おとぎ話に出てくるドアみたいで、なんだか気持ちが現実世界から乖離していく。
どことなく、襖の柄が、『不思議の国のアリス』に登場するウサギが着ていた服に似ている。
給仕口から、人の代わりに懐中時計を持った白いウサギが飛び出してきたら、どうしよう。
アリスが落ちた穴がそうだったように、
いつだって異界への入り口は、狭く、隠されているもの。
もしかすると、茶室のにじり口が、アリスが通るべき
「不思議の和の国」に続く「穴」だったのかもしれない。
そんな気持ちで、じっと茶道口を見つめていると、
奥からちょこちょした足取りの男が出てきた。
アリス・・・ではなく、口ひげを貯えた、ただのおじさん。
ただのおじさんというか、お茶会の亭主だ。
「本日は遠い所ご足労頂き・・・」
むにゃむにゃと、小さな声で挨拶をしている。
ぎょろっとした目と口ひげが、どこか、歌手の谷村新司に似ている。
お。
アリス違い・・・。
ふふふ。
アリス違い・・・。
隣を見ると、皆、うやうやしい顔をして、誰も笑っていない。
あれ、おかしくないのかな?
それとも、皆、我慢してるのかな?
ほら。
見なよ。
アリス違いだよ。
笑っても、いいんだよ。
茶席だからって、無理しなくていいんだよ。