焼肉はうまい。
肉とタレとご飯とビール。
それだけでうまい。
それなのに、この前、初めて行った、ちょっといい焼肉屋では、「まずは海苔を炙ってから」とか「この溶いた卵とからませて」とか「この岩塩をまぶして」とか、色々と余計なアドバイスがうるさい。
人間の欲望は「焼肉」ってだけで十分すぎるほど満たされているのに、その欲望を更に「一点」だけでも上げようとする努力は涙ぐましいというか、笑ってしまう。
ただの焼肉なのに・・・。
たとえば、この３０年間で確実に果物の糖度は上がっただろうが、果物が「おいしく」なったかどうかは人による。
「おいしい」とは「満足」の別名なので、それは甘味や酸味の数値をあげればあげるほど達成できるわけではない。
戦争明けのチョコレートの一片が子どもたちの体を震わせたように、出所後の牛丼が元受刑者に涙を流させるように、
社会が高度になればなるほど、この世に「おいしさ」が増えるわけではない。
むしろ、希少価値がなくなる分だけ、「おいしさ」は減る。
「おいしさ」とは相対的なものなので、焼肉店は客にフルマラソンを走らせたりプチ断食させてから約肉を食べさせれば、心の底からの「おいしい」を引き出すことができるだろうが、彼らができることといえば肉の提供の仕方くらいなので、食べ方の工夫をどうこうしようとする。
しかし、食べ方の工夫には限度がある。
肉は焼いたタレにつけるだけで「９０点」くらいは取れる食べ物なので、焼肉店側の企業努力で上がるのはせいぜい１点か２点。
そうしたほとんど意味のない努力であるとわかっていても、人間は、資本主義社会は、余計なことをせずにはいられない。
大きく考えれば、その余計な努力が様々な「文化」を生むわけだけど、現代日本人の多くは「甘さ」「旨さ」において十分に満たされすぎているので、特にやらなくてもいい仕事をして、彼らは頑張ってが「９０点」を「９１点」にしようとする。
「人間にとって一番の調味料は空腹だ」と最初に誰かが言ってから、何年の時が経っているのだろうか。
そろそろ、糖度を上げたり、食べ方の工夫をどうにかするのではなく、腹をすかせる方向に生活を動かすべきなのではないだろうか。
