最近は、強い父親が流行らない。
物分かりのいい父親か家にいない父親ばかりなので、
子どもと父親が正面切って対立することもない。
小説でも、題材になるのは「母と娘」ばかりで、
父親が全然出てこないという。
「ロックンローラーになるなんて、夢見てるんじゃない!」
そういう父親がいないと、
それに反抗する息子も生まれない。
押さえつけられないと、
反抗のしようがない。
僕が知っている中で、父親に一番反抗していたのは森田くんだった。
森田くんと知り合ったのは、軽井沢の住み込みバイトでだった。
僕は森田くんと1ヶ月一緒に住んで、一緒に食事をしたのだが、
森田くんは、1ヶ月間、炒め物しか作らなかった。
野菜炒め、肉野菜炒め、もやし炒めのルーティーン。
「なんで炒め物しか作らないの?」と聞くと、
「もやしおいしいよ」と、
菜箸でつまんだもやしをくれた。
森田くんはずっとその答えをはぐらかしていたが、
最後の週に、ようやく、炒め物しか作らない訳を教えてくれた。
森田くんの家は代々続く料理屋さんで、
じいちゃんも、父ちゃんも、兄ちゃんも、板前さんだということだった。
森田くんは、父親とそりが合わず、
数年前に家を飛び出して以来、帰ってないという。
「だから、僕は、包丁を持たないんだ」
そう言って、森田くんは、キャベツを手でちぎっていた。
その時僕は、初めて、森田くんの炒め物に入っている肉が、
”豚バラ”や”牛切り落とし”だったことに気づいた。
そうか、”鶏モモ”や”鶏ムネ”は包丁で切らなきゃいけない!
炒め物しか作らないという、父親への無言の反抗。
なんて細かすぎてわかりずらい反抗。
「それ、反抗になってんの?」と聞くと
「さあね」と森田くんは言った。
「それ、父親には伝わってんの?」と聞くと
「さあね」と森田くんは重ねた。
もしかすると、森田くんのお父さんは、
無口な人だったのかもしれないな、と考える。
「ロックンローラーになるなんて、夢見てんるじゃない!」
そういう激しい抑え込み方をしないと、
息子も激しい反抗ができない。
板前さん特有の、無口な抑え込み方をしたせいで、
息子の方も、静かなる反抗しかしなくなったのかもしれない。
「息子の反抗」は、「親の抑え込み方」に対応する。
あれから10年。
森田くん、ちゃんと包丁持てるようになったかなあ・・・。
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