陸上競技なんかで一人の選手が歴代レコードを出したら、他の選手も続いて、記録がどんどん更新されていくということがある。
自分と似たような人が記録を出すことで、「自分にもやれる」と思えるようになり、イメージの中の「壁」が壊れるだという。
チームスポーツなんかでは、一人の突出した才能を持った選手がいると、その選手に触発されて、同年代に相次いで傑作した選手が出てくることもある。
そうした年代を、「黄金世代」と呼んだりする。
しかし、そうした「黄金世代」の出現が、ほんとうに、自分と背丈の似た人(「同じ日本人」「同じ高校生」)が実際にやれている姿を目にすることで、「自分もやれる」と思うことに端を発しているのかどうかは疑問である。
なぜなら、人類史で見た場合、一番の「黄金世代」は、4〜6世紀に出現した「世代」で、あの同時代に、世界の異なる地域で、釈迦、孔子、ソクラテスが同時に活躍した(さらに言えば、ピタゴラス、ヘラクレイトス、プラトン、老子、莊子も同年代として活躍した)。
しかし、彼らに面識はなかったし、お互いの情報も他地域にはほとんど伝わっていなかった。
彼らは、他のどの突出した才能も目にせずに、自分の中にあるイメージの壁を壊したのだ。
ほんとうの「黄金世代」は、何にも触発されずに、来るべくして来るとしか言いようがない形で現れる。
それこそが、「黄金(世代)」の名にふさわしい人々である。