わかりにくい人

わかりやすい言葉を言う人がいる。
ワンフレーズで明快に語る人。
まとめるのがうまいというか、抽象化がうまいというか、
一言で人の気を引くキャッチコピーが言える人。
雑誌の編集者が、「名言集」をまとめる時に、
すごくやりやすそうな人。
それに対して
わかりにくいことばかり言う人がいる。
一言でまとめず、だらだらと書き連ねたり
とうとうとしゃべって、なんだか締まらない人。
キャッチコピーになりそうな言葉を探そうとしても、
キラーフレーズがどこにも見当たらない人。
一言だけ、一文だけで取り出してもまったく輝かない人。

キャッチーな一言が言える人は、目立つ。
わかりやすい言葉は、新聞やテレビの見出しになりやすいし、
なにより、複雑な問題をひとつひとつ考えなきゃいけないという
みんなの面倒を省いてくれる。
みんな、それぞれひとりひとりの生活を生きていて、
自分の問題以外のできごとについて長々と考える余裕はない。
自分に関係なさそうなできごとは、
わかりやすい方がいいに決まっている。
「問題」は、個人の生活の中にあるのだから、
個人の外のできごとは、全部エンターテインメントであってほしいのだ。
そういえば、この十年で単館映画館がだいぶ減ったような気がする。
今の人は映画館に行ってまで、貧困や戦争のことなんか考えたくないし、
自分に深いところでつながってそうな人間の苦悩や葛藤なんて知りたくないのだろう。
悩むのは月曜から金曜まででじゅうぶん。
気を揉むのは家と会社だけでじゅうぶん。
それ以外の時間と場所では、なるべくリラックスしていたい。

だから、
政治家や官僚の答弁もわかりにくいのは勘弁、
解説者のコメントも簡潔に頼むよと、
みんなの要請で、ものごとを説明する言葉はだんだん簡単になっているが、
ことばが簡単になったからといって、
ものごとが簡単になったわけではない。
世界は簡単にまとめられるほどシンプルにはできていない。
その「問題」が具体であればあるほど、
ものごとは複雑にならざるをえない。
だから、きちんと話そうとする人たちは、
ことばを省かず、いろいろな角度からものごとを語る。
ワンフレーズで終わらせることもない。
畢竟、どうしても、話は長くなる。
ただ、「あいまい」と「抽象」が違うように、
ものごとがきちんと理解できていないためにくどくど話す人と、
ものごとを正しく伝えるためにいろんな見方から話す人は、全然違う。
似ている時もあるが、全然違う。
どちらがどちらかを知るためには、聞くしかないのだが、
それを聞くための時間を、世間の人たちは持つことをしない。
ものごとをものごとそのものの大きさで語っている人の話を聞きたいなと、僕は思う。