ジョーカー

トランプにはジョーカーが2枚入っている。
ジョーカーは、大体のゲームでワイルドカード的な、
いい役を持つカードだが
「ババ抜き」のようなゲームでは、
マイナス要因を持つカードにもなる。
トランプには、王様(キング)や女王様(クイーン)などの
王族のイラストが描かれていて、
大きな数字になればなるほど、地位の高い人になっていくが、
ゲームによって大きな数字にも小さな数字にもなるジョーカーのカードには
「道化師」の姿が描かれている。

中性のヨーロッパでは、王族が「宮廷道化師」を抱えていた。
道化師は当時、世間からはみ出た存在で、
社会的地位の最も低い、世間の”底辺”に位置する人たちだった。
ただ、というか、だからこそ、
社会的にこれ以上”堕ちる”心配のない道化師は、
社会的最上位に位置する「王様」たちを笑うことができた。
民衆が正面切って言えないジョークやあざけりを
王族に対して堂々と言えるジョーカーやクラウンは、
社会にとって欠かせない存在であり、
民衆のガス抜きという意味で、王様にとっても必要な存在だった。

「権威」を笑う人たちは、常々、社会の底辺にいて、
日本のお笑い芸人も、以前は、社会的地位の低い人達だったが、
今や、お笑い芸人が政治や社会的事件について語り、
そのコメントに皆が耳を傾けて聞くような時代になった。
社会の下にいればこそ、上にいる権威者を突き上げて笑わせることもできたのに、
自分が上に登ってしまったら、もう何も突き上げようがない。
ただ、その状況は、お笑い芸人が自ら望んだことではなく、
世間が勝手にやったこと。
今、世間は、かつてのはみだしものを、
どんどん世間の中へ中へと入れようとしている。
違う価値観、違うモラルで生きている人たちを、
自分たちと同じ、一つの世間の中に入れて、
自分と同じ目線で、ジャッジしようとしている。
落語家や歌舞伎役者に一般市民の「不倫」感覚を突きつけても、
職人や音楽家の世界に「パワハラ」という言葉を持ち込んでも、
世の中から、豊かなものを生み出す世界が一つ減るだけで、
なにもいいことはない。
それと同じように、かつて、社会的地位が低く、
世間のモラルに反するようなことをしても見逃してもらえたお笑い芸人を
世間のモラル監視下に置いて、一般人と同じ行動を取るよう強制しても、
世の中から、笑いが一つ減るだけ。
なにもいいことはないのだ。

ジョーカーを世間の中に入れれば、
王様を馬鹿にする人はいなくなる。
笑われなくなった王様は、「裸」になりやすい。
そして、今の時代の王様は、政治的権力者だけではない。
主権は国民にあるということらしいから、
王様は普通の民衆だともいえる。
そのうち僕らがみんな裸になって、
それがまともな姿だと思いこんだとして、
その時、誰ひとりそのことを馬鹿にする人がいなければ、
社会は滑稽になっていくばかりだ。