ハイリスク・ローリターン

まちなかのカフェで女子高生が二人でしゃべってた。
「俺、お父さん好き」
「私も」
「お金くれるもん」
「私も」

悲しい。
でも、まだ「好き」って言われるだけましなケースなのかもしれない。
お金をどんだけあげても「嫌い」と言われる親はたくさんいる。
これは、もしかしたら、少子化の原因の一つなんじゃないかと思う。
お金をあげ続けないと子どもに「好き」って言ってもらえないなら、
子どもなんて最初からいらない、親になんかなりたくない
そう思う若者が増えるのもわかる気がする。
苦労して親になったのに報われないなら、
誰も親になんてなりたくない。

現代と違って江戸時代は安定した社会で、
安定した社会では、
社会での常識ややり方が世代を超えても変わらないため、
経験がものをいう社会だった。
社会的な地位も、実質的な知恵も、
経験の浅い若者にはなく、
すでにいろんなことを経験してきた年長者の中にあったので、
自然と、年長者は敬われた。
偉いのは年長者。
頼りになるのも年長者。
変化の起こらない社会では、歳を重ねるということが、
下の世代から信頼されるということだった。

しかし、不安定な社会や変化の多い社会では、
若者が年長者よりものを知っていることがざらにある。
また、世代ごとに価値観が変わるような変化の中では、
年長者の、経験をもとにした説教など、意味をなさない。
社会の価値観や仕事の仕方が急速なスピードで変わってしまったら、
一世代前の知恵は知恵でなくなる。
年長者は偉いわけでも、
年長者は頼りになるわけでもなくなった。
変化の多い社会とは、経験がものをいわない社会のことだ。

この国の少子化を食い止めるためには、
親になることが良いことだとみんなに思わせることが大事なのだが、
安定していない社会では、
年長者が年長者というだけでは、まわりから敬われない。
親になったとしても、育てた子どもから敬ってもらえるかどうかはわからない。
苦労をかけられ、金もかけて育てたわりに、
かけた分の”敬われ”を後でもらえる保証がどこにもない。
子育てはハイリスク・ローリターン。
考えれば考えるだけ子育ては損。
そう思ってしまうのは、自分のしあわせだけが自分をしあわせにしてくれると感じてしまうから。
まわりの人のしあわせが自分をしあわせにしてくれると思えないから。
この国の少子化をくいとめるためには、
変化の多い時代を変化のない時代に戻すか、
自分のまわりの人がしあわせであることが自分をしあわせにするという感覚を取り戻すしかないのかもしれない。
どちらにしても、難儀な話だろう。