五感

学校は四角い。
殺風景で味気ない。
小学生の頃は、家から花を積んできたクラスメイトもいたのに、
高校生にもなると、家から花をもってくる生徒もいなくなる。
高校の教室は、悲しいくらいに、ただ、四角い。

中高校の中には花鳥風月どころか、五感を刺激するものがとにかく少ない。
四時間目終わり近くなるとカレーの匂いを漂わせていた小学校に比べ、
中学高校は、冷めたお弁当で、なんの香りもただよってこない。

校舎の中に五感を刺激するものがないのと同様、
授業の中にも「五感を刺激した学習」というものはない。
「記憶」一点取っても、五感は学習に大きな効果があるというのに、
学校は、五感を置き去りにしている。
あの日だって、そう。
五感を刺激してくれたから、僕は多くのことを知ったんだ。
そう、あれは、中学二年の中学二年の理科の授業・・・。

あの時の理科の先生はいつもむすっとしていて、
今思い返しても、普段から無精髭で、あまりちゃんとしていなかった先生は、
なんかあるたびに、生徒に腹を立てていて、
たまに、授業を放棄してしまうことがあった。
放棄された方のぼくたちはその間、黙ってるしかなくて、
一時間まるまる放棄されたら、一時間黙ってりゃよかっただけだけど、
実験道具を用意して、いざ実験って時に腹を立てられ、
「あとは自分らで勝手にしろ」と放棄された時には、
プリントを見ながら、自分らで実験をするしかなかった。

その日の実験は、「鉄と硫黄を混ぜて硫化鉄をつくる」というもので、
先生がなにも手順を教えてくれないので、
班のメンバーと、探り探りバーナーに火をつけたり、試験管を傾けたりしていた。
だいたい実験の時は、細かく手順を習っていたこともあって(危ないしね)、
教えてもらわないと、こんなにもやり方ってわかんないもんだなぁと、実感しながら、
たぶん、ここに硫化鉄ができてるから、塩酸加えれば、
卵の腐った匂いがするはずなんだよなあと、
すでにおしゃべりに夢中の他のメンバーを横目にぶつぶつ言いながら、
試験管に鼻を近づけると、
その瞬間、衝撃的なインパクトが鼻をつんざき、2〜3メートル後ろにぶっ飛んだ。
理科室中に、丸椅子がカランカランと回る音が鳴り響き、
床に尻もち着いた僕を、皆が見ていた。
僕の鼻は、ほんものの硫黄臭で、その後3日間、ずっと馬鹿なままだった。

あの日、五感を刺激してくれた実験のおかげで、僕は多くのことを学んだ。
それは、Fe + S = FeS(鉄+硫黄=硫化鉄)のような、簡単な化合式ではなくて、
硫黄の臭さを侮ってはいけないこと、理科の実験は危険をはらんでいること、
嗅覚を始め、五感は記憶を定着させること、痛い目に合って初めてわかることもあること、
そして何より、「気体のにおいを確かめる時は、手であおぐようにして匂いを嗅ぐこと」
という教科書に載っている指示は、大げさでもなんでもないこと。

そうやってハプニング的に理解したことは、
たぶん、大人が教えたかったこと以上のことで、
教科書の内容を超えて大切なことだ。
たまには、言葉よりも刺激臭が多くを教えることもある。
そういう意味で、五感を活用させることは大切なことで、
そういう意味でいうと、授業を放棄して生徒にやらせてたあの先生は、
そんなに悪い先生じゃなかったのかもしれないな。