仲間

今年も残りわずかになった。
「一年過ぎるの、あっというまよねえ」
みんな、当然のようにそう言うが、
去年の今頃何していたかなんてあまり思い出せない。
その時、何を考えていたかなんてさらに思い出せない。
一年というのはあっという間のようであっという間でない。

一年前に考えていたことで思い出せることは
ここに書いていたことくらいで、
ちょうど一年くらい前に、
「今、現実で誰かと仲良くすることは難しくなっているから、
 テレビの中でみんなが見たいのは、人が仲良くしている姿なんだ」
と書いた。
あれから一年経って、その思いはさらに強くなり、
仲良いってことは、より価値になっているんだなあと実感する。

Youtuberと呼ばれる人たちは若者に絶大な人気を誇っていて、
一番人気がある人は、チャンネル登録数が1000万人を超えていたりするのだが、
その人気の秘密は、大人には謎でしかない。
Youtuberの中には二人組、三人組で動画を配信している人たちもいて、
その人達のやっていることは、
”芸”と呼べるようなものではなく、
ただただ、仲の良さを見せつけるだけのものだったりする。
永遠と、お菓子を食べてしゃべっているだけだったり、
ずっとゲームをしながらはしゃいでいるだけの映像。
それを何十万単位の人が見ている。
今の人が見たいのはそういうもの。
芸などなくても、見ていたいのは、”仲の良さ”なのだ。

マンガの評論などでも、”仲の良さ”の話はよく出てくる。
今の少年マンガの頂点は、間違いなく「ワンピース」で、
「ワンピース」では、”仲間”というキーワードがよくあがる。
彼らにとって、大切なのは仲間(クルー)であって、
仲間を助けるために強くなろうとしたり、
仲間と旅をすること自体に価値を持っていたりする。
強大な敵と対峙した時には、一人の力では及ばなくても、
仲間で協力することで前に前に進んでいく。

今から20年前の少年マンガの頂点は、間違いなく「ドラゴンボール」で、

その作品の中では、”仲間”なんてことは、全然意識されていなかった。
主人公たちが欲していたのは、
”強ぇやつと戦いてぇ〜!””おら、ワクワクすっぞ〜”
という純粋な強さへの希求だけで、
どんな強い敵が現れても、基本、戦いのスタイルは一対一だった。
地球の滅亡がかかっているような戦いでも、
皆で小隊を組むようなことはせずに、一人ずつ敵に向かっていく。
(しかも順番は、じゃんけんで決めたりする)
誇り高きサイヤ人たちは、
協力して敵をやっつけようなどと小癪なことは考えないし、
仲がいいことよりもむしろ、自分が高みを目指すことにこそ価値を持っていた。
”仲間(人)”よりも大事なことは、”強さ(道)”だった。

仲間と馴れ合わない「ドラゴンボール」は、
今の若い人が見たら、あまりにも個人で強くなりすぎて、
少し寂しく感じられるのかもしれない。
「ワンピース」内では、敵に勝つと必ず、
皆で豪勢に食事をする宴のシーンが差し込まれていて、
敵を倒し、みんなでわいわい食事をすることが一つのゴールのようになっているが、
「ドラゴンボール」では、一人、ガツガツ、
燃料補給のように食い物を口にかき込むシーンしかでてこない。
仲間と食事を楽しむなんてことはまずないのだ。
ただ、時代背景は、明らかに「ドラゴンボール」の方が未来で、
ホイホイカプセルを投げれば家が出てきたり、
重力を操作できる宇宙船でナメック星に行けるのに対して、
「ワンピース」の移動手段は船。
先を言っているのは実は「ドラゴンボール」の方なのだ。

一人で生きるしかない、現代の”おひとりさま”や”孤食”に近いのは、

「ドラゴンボール」の中の時代で、
今後、ホイホイカプセルのようなものができて、
ご飯を食べなくても栄養補給ができるようになれば、
さらに人は、こころの中で「ワンピース」のような仲間を求めても、
現実では、「ドラゴンボール」のように一人で飯を食べて生きていくのだろう。
その時、人のこころの中に、
サイヤ人並の強い心がなければ大変だろうなと思う。
サイヤ人にとっての「強さへの希求」に代わる、
仲間(人)よりも大事な価値が、その時の地球人にもあればいいなと思う。