僕の大好きなクラリネット

今週号の「NUMBER」にパッキャオが載っていた。
ボクシングの世界王者・マニー・パッキャオは、
フィリピンの英雄であり、国会議員でもある。

記事には、かつてフィリピンでパッキャオと戦ったことのある
日本ボクサーの話が載っていた。
挑戦者として敵地に乗り込んだ彼は、
パッキャオに無数のパンチを浴びせかけられるも、5ラウンドまで倒れず、
負けはしたが、会場から声援を浴びた。
試合後サインを求められるほどのファイトを見せた彼は、
日本に戻って、ほどなく引退し、今は、介護士として生きている。
絶対王者に負けはしたが、紛れもない本物のボクサーと戦ったことで、
彼は、「強さ」に対するこだわりに見切りをつけることができた。
本物のボクサーに負けたことで、
それまで「男らしくない」と思っていた介護の仕事も、
難なく向き合えるようになり、
被介護者の爪を切るなんて、現役の時には躊躇してしまうような仕事も、
平気で行えるようになった。
負けることで、「強さ」が何なのかわかった。
パッキャオは、これまで何人ものボクサーを引退に追い込んできたが、
それらの”敗者”達は、ある意味、パッキャオに救われたのかもしれない。
”本物”に立ち向かうことで、”本物”に葬ってもらえたからだ。
パッキャオは敗れたものにも、光を示す。
パッキャオの試合は、勝った者も負けた者も、次がある。
パッキャオのファイトには、悲壮感がない。

フィリピン、未来の大統領候補、パッキャオ。
6階級制覇王者、パッキャオ。
パッキャオってのは、なんて素敵な響きだろう!
フィリピンの貧困家庭に生まれて、
路上で花を売って生計を立てていた生い立ちでさえ、
パッキャオの口から聞くと、湿っぽさが感じられない。
確かに悲惨だが、湿っぽくない。
だって、パッキャオだもん!
パッキャオ、パッキャオ!
生まれが育ちがどうあれ、名前が、とにかく明るい。
どんなに可哀想な境遇に生まれおちたとしても、
どんなに恵まれない体格に生まれたとしても、
どんなに僕の大好きなクラリネットが鳴らなくても、
どうしよう、どうしようと困っても、
パッキャオの名を叫べば、大丈夫。
オー・パッキャオ・ラ・マド!
オー・パッキャオ・ラ・マド!
パオ・パオ・パ!
オー・パッキャオ・ラ・マド!
オー・パッキャオ・ラ・マド!
パオ・パオ・パ!

童謡「クラリネットをこわしちゃった」はフランスの歌で、
クラリネットの音がならないと泣き言をいう息子に、父が、
Au pas, camarade(リズムに合わせろ、友よ)
Au pas, au pas, au pas(リズムに合わせて)
と諭す歌。
「オーパッキャマラド!パッキャマラド!オパ・オパ・オパ!」
には、音が鳴らないって嘆かず、
「リズムに合わせれば大丈夫だ、友よ!」
「ステップに合わせるんだ、息子よ!」
と息子と一緒に問題を乗りこえようとする父の、
前向きなメッセージが込められている
(「友よ、歩こう!」という直訳もある)。
それは、チャンピオンベルトの保持にこだわらず、
常に、自分より大きな相手に挑戦していくパッキャオのファイトのように、
苦難に立ち止まるな、という応援メッセージだ。

パッキャオという名前にどんな意味があるのかは知らないが、
”パッキャオ”という音は、世界中どこでも、悲壮感を吹き飛ばす。
パッキャオ、パッキャオ!
パッキャオの不屈の闘志に比べたら、
僕らが巻き込まれる不遇な状態なんか、いつだって、
オー・パッキャオ・ラ・マド!だ。
日々の中で、どんなに泣きたいことがあったって、僕らはいつでも、
オー・パッキャオ・ラ・マド!なのだ。