勝負しない世代のモチベーション

もう初夏になったが、春にこんなことを考えていた。
入学試験で「桜が咲いた子」にも「桜が散った子」にも等しく春は訪れるが、
「桜が咲く」ということが、
「希望の学校に合格する」という比喩は
今後も使われていくのだろうか。

というのも、子どもの数が年々減っている。
大学はすでに定員数が入学希望者を上回り、
「大学全入時代」と言われているが、
高校でさえ、地域によっては「全入時代」に入っている。
少子化が進む地方では、高校の倍率が1を割る事態が深刻になっていて、
高校入学のための受験勉強をしなくても
希望の高校に進めることが当たり前になりつつある。
受験勉強をせずに高校に進学した子たちは、
当然、してきた世代よりも学力が落ちるし、
高校の先生たちは、
中学校で学ぶ分野の復習から始めなければいけない。
そんな高校・大学全入時代に、
「サクラ咲く」という言葉はこれからも使われ続けるだろうか。
「サクラ散る」人が出なくなる時代に。

「さとり世代」と言うのが、どの年代までのことをいうのか知らないが、
現実問題、子どもたちは、他人と競争しなくても先に進めるようになる。
そんな子どもたちにとっては、
「他人に勝つ」ということが大きなモチベーションにならない。
今の中高生は、勝負しない世代。
勝負なんてしなくても生きていける世代。

「誰かに勝とう」とか「負ければ希望の進路に行けない」という、
競争や勝負をモチベーションに頑張ってきた時代の人たちからすると、
生存競争にさらされていないように見える若い世代は
生ぬるく見えるかもしれないが、
誰かと比較せずに、「自分の想い」だけをエンジンにして頑張れるなら、
それは、他人と比較しながら頑張るより、遥かに健全にも思える。
そこに、コンプレックスやひがみはない。

ただ、「自分の想い」だけで頑張れる人のほとんどの「自分の想い」の量はしれていて、
「自分の想い」だけで何十年も頑張れるかというと、心もとない。
人は弱い生き物で、何かと理由をつけては自分に甘くしてしまうので、
「自分のため」以外の理由が必要になる。
特に、日本人はお尻に火がつかないとなにもしないので、
親は、子どものお尻を焚き付けては、こどもにやる気を出させてきた。
今後、競争しなくてもいい世代の子どもにやる気を出させるためには、
「他人と競争させる」以外の術を大人が考え出していかなければいけない。
その答えは、なかなか簡単には出ないかもしれないが、
企業の人事やリクルート現場ではすでに、
給料や地位ではなく、やりがいやミッションで人材を集めているので、
「競争に迫られて頑張る」以外の方法は、
もしかする意外とすぐに出るのかもしれない。