平成最後の甲子園

今年の甲子園は、100回目の記念大会ということで、
たくさんの元高校球児が試合前に始球式をして、
賑やかな雰囲気を演出していた。

今年の夏は、甲子園大会が始まる前から猛暑だったので、
ちまたでは、夏の一番暑い時期に甲子園大会をやる必要があるのかというバッシングがあり、
それでも、主催者側は、時期をずらすわけにはいかないので、
入場行進で、球児たちにペッポボトルを持たせたりしていたらしいけれど、
ほんとうに、倒れる選手や観客がいなくてよかったねと思う。
もし、病人が出ていたら、それはそれは大きなバッシングでしたでしょうね。

今年は猛暑、猛暑とニュースや新聞でも大会前からずっと言われてきて、
僕自身は、この夏、暑いなと感じたことが、一度くらいしかなかったので、
報道の中で言われている「猛暑」というのは、みんなの勘違いだろうと思っていたけれど、
日本だけでなくアメリカでもどこそこの国でも、
同じように、今年は記録的な猛暑だというニュースを聞くにつれ、
ああ、そうか、
勘違いしているのは、日本人だけなく、世界の人たちもなんだなあと思ったりした。
(ほんとうに勘違いしているのが誰かは、明白だけどな!)

甲子園大会は、公立高校である、秋田の金足農業高校が決勝まで進んだこともあって盛り上がっていたが、
そのこともあって、知り合いの、秋田から遠い県の農業高校の先生も、熱心に甲子園を見ていた。
交流がなくても、同じ、農業高校ってだけでシンパシーが生まれるとは、
シンパシーとは、簡単なものだなと思っていたら、
ラジオからは、大阪桐蔭高校を応援している佐賀の女性のメッセージが読まれていて、
大阪桐蔭のエースピッチャーが、佐賀の中学校出身ということで応援しているとのことだった。
共通項があれば、人は、すぐに、応援するんだな。

会ったこともないのに、住んでいる県が同じというだけで、
地元の代表チームを応援するってことが、小さい頃から理解できなかったけれど、
佐賀に住んでいるうちのばあちゃんは、甲子園で、応援していた佐賀の代表校が敗退した後は、
福岡や長崎の代表校、それも負けると、宮崎や鹿児島の代表校を応援していた。
シンパシーが、九州全域、住んでいる島全体に広がっていた。
それは、なんだか古い人の感覚のような気もするけど、
僕だって、陸上のアジア大会なんかで、屈強な黒人の中に一人、アジア人がいたりすると、
なんとなく、その選手に肩入れしてテレビを見てしまうこともあるので、
僕も、古い人間のひとりなのかもしれない、とひとり思う。

今年の甲子園大会は、大会前から優勝候補の筆頭とされていた、
横綱・大阪桐蔭高校の優勝で幕を閉じた。
大阪桐蔭は、横綱野球で、前評判どおりの強さを発揮したが、
大会後、メディアで取り上げられていたのは、優勝した大阪桐蔭よりも、準優勝した金足農業の方だった。
テレビやネットを見ている人の多くは、大阪桐蔭よりも、金足農業に、よりシンパシーを感じたのだろう。
そりゃ、そうだ。
誰も、自分を「横綱」だとは思っていない。
「横綱」に、シンパシーは感じない。
平成最後の甲子園は、横綱が「相撲に勝って勝負に負けた」。
まぁ、メディアに出ることが、彼らにとって「勝負」だとしたらだけどね。