手に取るまで

小学生の頃、毎週発売されるジャンプを心待ちにしていた。
当時はコンビニもまちになかったので、
ジャンプは買うか、買った友達に見せてもらうしかなった。
高校生くらいになって行動範囲が広がると、
ブックオフに自転車で行けるようになり、
立ちっぱなしというマイナスはあるものの、
一日中マンガが読めるようになった。
図書館にもマンガが揃っていて、
手塚治虫やあだち充みたいな「青少年」的なラインナップだけだったが、
それでも、読んだことのないマンガがたくさんあって興奮した。

今はウェブで簡単にマンガが読めるので、
家にいながらにして膨大なマンガが読める。
しかし、僕がいるまちの少年少女は
思ったほど、マンガを読んでいない。
ウェブで読めるにもかかわらず、マンガを読んでいないのは、
彼らが、ブックオフも大きな図書館もないまちで育ったからなのかもしれない。
”もの”が周りにないと、ウェブの中に無料で転がっていても見向きもしない。
それは、インターネットの中に、
古今東西の古典文学や科学論文がただで転がっているのに、
まったく手を伸ばそうとしないのと同じ。
マンガだからといって、無料だからといって、
誰もが、簡単に手をのばすわけではないのだ。

これからますます本のデジタル化は進んでいき、
紙の本は衰退していくのだろうが、
それによって本に親しむ人の数は減っていかないだろうか。
ウェブは随分本を読むコストを削減してくれたし、
関連本をオススメしてくれるレコメンド機能も充実しているが、
それらは、どこまでいっても、”情報”でしかない。
どれほど誰かが「いい本」だと言っても、
「あなたが好きそうな本」だとウェブにオススメされても、
実際にその本を手にとって、向き合う時間をとるかどうかは別問題。

それに対し、実物の本には、”モノの威力”のようなものがある。

本屋をぶらぶら歩いていて、
自分にまったく関係なさそうな本であっても、
なんとなく手に取らせて、なんとなく開かせる”モノの威力”。
自分の必要な本を見つけて開かせるような、「勘」を誘発するなにかが、モノにはある。

大きな本屋もブックオフもないまちで育った高校生は、
驚いたことに、スラムダンクやドラゴンボールですらも読んでいない。
あれほど名作なのに・・・。
ウェブ上にほとんどただで転がっていて、
「名作だから読むべし」という情報が世の中に溢れているとしても、
実際に手にとって読むまでにはいたらない。
知ってはいるけど、読まない。
そんな時、僕は、
「情報は人を黙らせるが、動かさない」という言葉を思い出す。
この場合は「情報は人を賢くみせるが、動かさない」のだ。
彼らに名作を読ませるには、
「スラムダンクは最高だ」と百遍言うより、
スラムダンク全巻セットを紙袋に入れて手渡す方が、早いのだろう。