物との別れ

 

3月は別れの季節。
卒業や転居、人事異動で人と別れる場面が多い季節だけれど、
メールやSNSが当たり前になってから、
人は確実に、別れが下手になった。
距離的に離れても、簡単に連絡を取り合える今の状況は、
本当の意味での別れではない。
離れたことで、前より頻繁にSNSで連絡を取るようになることだってある。
ただでさえ「死」が日常から切り離されて、
「死ぬ」ということがよくわからなくなっているのに、
その上「別れ」さえも日常から消えてしまったら、
「生きている」ということがどういうことなのか、さらにわからなくなる。

本当の意味で人と別れる場面は減ってしまったが、
物との別れはまだあるんだな、とこの前、家の中で感じた。
先日、荷物の整理をしていて、色んな物を捨てるついでに、
冬物のダウンジャケットを捨てたのだが、
そのダウンジャケットを捨てることは、廃棄というより、「お別れ」だった。
とても厚くて役に立ったそのダウンジャケットは、
数年前の寒い冬にとりあえずで買った安物だったこともあって、
正直、僕は気に入っていなかった。
着るたびになんだか締まらない気分になるし、
同じものを着ているおじさんとすれ違った時なんか、
改めて自分が着ているもののダサさを感じてしまって、
げんなりした。
それでも、毎年寒くなると、他の服より厚いし温かいので、
ついつい着てしまい、この3シーズンフル稼働させていた。
だけど、気に入らないものをいつまでもずっと着ているのはやっぱりいけないと思い、
今年の冬が終わったら、このダウンジャケットは捨てようと決めた。

3月に入って少し暖かくなってから、部屋の荷物を整理した時に、
そのダウンジャケットを他の物と一緒に、ゴミ袋に入れた。
愛着のある物を捨てる時の悲しさとは違って、
好きじゃなかったけど何度もお世話になった物との別れでは、
申し訳無さが先に立つ。
人との別れなら「後でまたメールするよ」と言えるけど、
物との別れは、今生の別れ。
なんせ、これから潰されて、燃やされるのだ。
しかも、それはこいつが悪かったわけではなくて、
ただ、僕が気に入らなかったっていうだけで・・・。
うぅ、申し訳ない・・・。
こんな、デザイン性もない、安物の服に申し訳なさを感じてしまうのは、
たぶん、僕が、金持ちではないからだ。
もし僕が金持ちだったら、こんな物に感情移入なんてしないし、
そもそも、気に入ってもいないのに、3シーズン着続けたりはしない。
嫌でも着ざるを得ないから、服との関係ができてしまう。
貧乏は大していいことではないが、貧乏人だから気づくことはある。

先月、人気番組「探偵ナイトスクープ」で、
愛車を廃車にすることを決めた依頼人が、
10年寄り添った軽自動車に「お別れ」を言って、大号泣していた。
旧式の軽自動車を抱いてむせび泣く依頼人は異様だったが、
愛着ある物との別れを悲しむ気持ちはわからないでもない。
人ではなく物との別れでも、十分悲しい。
物との別れに涙したこの依頼人は、
この年度末の会社の送別会で、

誰か、人との別れで、涙しただろうか。