臆病神

福沢諭吉の評論を読んでいると、
「福翁自伝」の中の、ある表現に目が止まった。

 そんなに怖がることはないはずだが、
 ひとり旅の夜道、真暗ではあるし臆病神が付いているから、
 つい腰のものをたよりにするような気になる。

いまの大分県・中津で生まれ、下級藩士の二男として田舎でくすぶっていた福沢諭吉は、
長崎へ出る機会を得て、意気揚々と蘭学や砲術を学びはじめるのだが、
同郷の上士の嫉妬によって、中津に戻らなければならないはめになる。
どうしても田舎に戻りたくない諭吉は、
上士の命を破り、中津には帰らず、ひとり歩いて大阪の兄の元へ向かう決意をする。
先ほどの記述は、その時の大阪へ向かう道中のことを書いたもの。
電灯も蛍光灯もない時代の暗い夜道を歩く諭吉は、
追い剥ぎや賊に会う危険から、つい、腰の二本差しを触ってしまうのだが、
すでに大阪近くまで歩いて来ていた諭吉が追い剥ぎに会う可能性は低く、
そんなに警戒する必要はなかったのだが、
臆病神に付かれてしまった諭吉は、必要以上に用心しながら大阪へ向かった。

人が臆病になったり、陽気になったりする時に、
なんらかの”神”が付いていると考えるのがこの時代の考え方で、
それは単にそういう表現というわけではなく、
神様が介在することで、
人の感情や状況には変化が生まれるのだと人々は考えていた。
今は気分や感情の変化に神をはさむような考え方はしないので、
すべて、気分や状態の変化を自分でコントロールしようとする。
不安な気持ちになっても、「臆病神が付いている」とは言わずに、
「怖がっている」とか「弱気になっている」とか、
「ビビってる」とか「チキってる」などと言う。
怖がって”チキン”になってしまうことはあっても、
”神”のせいにしたりすることはない。

”臆病”といえば、いくつになっても全然弱気にならない男の中の男・長渕剛が、
名曲「泣いてチンピラ」の中でこんなことを歌っていた。

ああ爪を噛んで 強くお前を抱きしめた
ああ吹いてきたぜ 臆病風が吹いてきた

諭吉が生きた明治時代から100年経ち、
男・長渕が生きた昭和になると、
臆病神に付かれるようなことはなくなったようだが、
臆病風に吹かれることはまだあって、
臆病風に吹かれた長渕は、そのせいで弱気になり、
強く”お前”を抱きしめてしまう。
神のせいにはしないが、風の影響は受ける。
吹いてくる風を人が止めることはできないが、
”お前”を抱きしめて温まっていれば、そのうち風は止む。
そして、臆病風が通り過ぎた後の長渕は、
”背中を丸め、声を殺して、思い切り叫ぶ”。
「泣いて、泣いて、泣いて、チンピラになりてえ」と。
そうやって長渕は、臆病を振り払い、また前に進む。

臆病になってしまっても、
それを神のせいにも風のせいにもできない平成の僕たちは、
自己責任のもと、自ら頑張って強気になるしかない。
「今日、ちょっと臆病神が付いたので会社休みます」とか
「ここのところ、臆病風がけっこう吹いてるので多めに見てください」
などと言っても、誰も容赦してくれない。
自らの力で強気に、前向きになるしかない。
しかし、本来、人は状況や感情のすべてを、
自分自身でコントロールできるわけではない。
寝て起きたら食べたいものは変わっているし、
日によって、聞きたい音楽は違う。
体調は日々変化しているはずなのに、
感情のコントロールは自らの力で頑張らなければならないというのも、
変な話だ。
もちろん自ら(みずから)頑張ってどうにかなる部分もあるが、
自然に任せてれば自ずから(おのずから)良くなっていく部分もある。
自らどうにかできる部分だけを見て、
いい結果も悪い結果も自分のせいやおかげにしてしまうのは、傲慢な考えでもある。
その成功が、目に見えないたくさんの神様のおかげかもしれないし、
どこからか吹いてくる風によってもたらされた失敗かもしれないのに。
そんなことを言っていると前近代的な考えすぎて相手にされないことも多いが、
例えば、怪我をした猫が、医者に頼らず、
ただじっとしていることで怪我を治すように、
生き物がどうにもできない時は、ただひたすらじっとして物事がよくなるのを待つしかない。
その時、猫がケガが回復するのを待っているのか、
不安を運んでくる神様や風が過ぎ去るのを待っているのかは、
ぼくたち、人間にはわからない。

どちらにしても、猫は自ずから状況が良くなるのを待ってから、
また歩き出す。
人間だって、猫と同じ”生き物”。
じっとして、何かが自ずから変わるのを待つしかない時も、半分は、ある。