11/26 Boston Legal

「Boston Legal」というアメリカのドラマシリーズがある。
法廷もののドラマで、全5シリーズなのだが、
日本にはシーズン2までしか入ってきていない。
多分、あんまり人気がでなかったのだろう。

今は当たり前になっている「連続ドラマシリーズ」というのを初めて知ったのは、
大学生の時、アパートの隣の部屋から30分おきに
「Friends」のテーマソングが流れてきた時だった。
最初は、何度も繰り返しドラマをループして見ていると思い、
DVDが壊れてんのか、翻訳の勉強でもしているのかと不思議だった。
まだ、ドラマをイッキ見するということが、当たり前ではなかった。

シーズン5や6まで続くテレビドラマシリーズといえば、今やアメリカドラマだが、
以前は、アメリカよりも日本の方が、シリーズモノは多かった。
映画でいえば、「釣りバカ日誌」や「男はつらいよ」。
ドラマでいえば、「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」。
日本の映画やドラマは、同じシリーズを時代を超えて見続けられる、
マンネリをマンネリとして楽しめる作品だと言われていた。
いつの頃からか、水戸黄門や遠山の金さんをテレビで見かけなくなると、
日本よりもアメリカのドラマシリーズの方が、
いつまでたっても終わらない長いシリーズモノになっていた。
それにしても長すぎやろ。シーズン6とか7とか、誰が見んの、そんなに・・・。
そう思っていると、大学を卒業して社会人になっていた女の子が、
金曜の夕方に大量のDVDをツタヤで借りているところに出くわした。
アメリカドラマの1シーズンを、土日で見てしまうという。
平日にたまったフラストレーションは、きちんと週末に涙として流してしまわなければならない。
1シーズン15話を、土日で見終わってしまうのか・・・。
そうだとしたら、シーズン6、7はそんなに長くないのかもしれない。

映画やドラマのようなフィクションは、日常から遠くはなれた物語を見せることで、
見ている人を、「現実」から逃してくれる。
最近は、そのフィクションの中でも、アニメやマンガのような
より現実から離れた世界を描き出したフィクションの方が人気がある。
人間が演じ、日常と地続きのドラマや映画では、物語世界にどっぷり浸れない。
もしかしたらドラマは、シリーズを重ねていくことでしか、
アニメやマンガに対抗できないのかもしれない。

ただ、ドラマがアニメのような異世界を描きにくいということよりも、
ドラマシリーズがちゃんと「終わっていない」ことが気にかかる。
フィクションがフィクションとして成り立つためには、
ちゃんと、「終わら」なければいけない。
嘘の世界に「入って」、「出る」ことで、フィクションはフィクションとして成り立つ。
もし、嘘の世界が終わらずに「つづく」と、
フィクションの世界に入ってきた客は、出ていくことができない。
フィクションは「終わり」があることで、客を「現実」に戻す。
客は「終わり」を確認することで、それをフィクションだと確認し、自身の「現実」に戻っていく。
長すぎるドラマシリーズは、客にフィクションを終わらせない。
良質なフィクションは一瞬でグッと異世界に連れていき、
「終わり」を示して、サッと客を「現実」に戻していく。
そういう作品で流した涙は、平日のフラストレーションをよりきれいに押し流してくれる。
僕が「Boston Legal」をいいと言っているのも、
ダラダラ続かなかったからなのかもしれない。
人気がなくて、シーズン2で終わって、よっぽどよかったのかもしれない。