11/3 程度問題

「なんだって、程だってんだよぉ!」
イヤホンの中で、落語家の五代目・古今亭志ん生が叫んでいる。
「なんだって程度問題なんだ」ってのは、
長く生きた大人ほどわかっていることだ。
若者は、大人ほど「物事は程度なんだ」ということがわからないので、
とかく過激に走りたがって、白黒つけたがる。
まあ、そこが若者の良さだし、
過激に走らないと「革命」も起こらない。
明治維新に奔走した人達も、みんな若かったからできたこと。
ただ、「革命」は、たまにしか起こらないし、起こってもらっても困る。

程度問題がわかってる大人は、
酒もタバコも女も人付き合いも、
悪いこともずるいこともせこいことも、
すべて、「程々」がいいと思っている。
溺れてはいけないが、潔癖すぎてもいけない。
近すぎてもいけないし、離れすぎてもいけない。
すべては程度なのだと。
だけど、そのグレーが許せない若者は、
政治家は汚い世の中は間違っている、
先生は卑怯だ、この会社は私に合っていない、と
事を白か黒かに分けたがる。
グレーが受け入れられない。

それはほとんどの若者の考え方で、
高校生の僕も、「整形」と「化粧」の間に大した違いはないと思っていた。
自分は男なので実際にやることはないが、
整形も化粧も
どちらも化けるための手段なのだから、
整形しても別に問題ないじゃないかと思っていた。
だけど、だんだん年を重ねるにつれて、
それらはやっぱり違うと思ってくる。
根本を変えてしまう「整形」とと、
日々手をいれて維持しようとする「化粧」は、やっぱり違う。

技術が進歩して、「アイプチ」や「プチ整形」などの、
化粧と整形の間の技術が色々発達しても、
考え方として、それが「程度問題なのかどうか」
という判断基準はなくならない気がする。

若者が事を「程度の差」だと考えずに、
すぐに白黒はっきりとした結論を出そうとするのは、
経験が浅いからだ。
10代の男子にとって、性経験の有無が一大関心事であるように、
彼らは、「0と1」の間に、大きな差異を見る。
それに対して、大人は経験を積んでいる。
大人は、すでに「2と3」、「20と30」の間でしか、

ものを比べていない。
20と30の間には、「程度」の差しかない。

僕はまだ30代なので本当は、
グレーな大人の見方をそんなに擁護したくないし、
若者の大胆なものの割り切り方をくさすなんてしたくないが、
先日、知り合いの薬剤師にこう言われてしまいぎょっとした。

「はい、これ、薬ね。
 一日一粒飲んだら、そのうちよくなるから。
 でも、一気に飲んだら、そのうち死ぬから」

ややっ。
忘れていたけど、薬はまさに、「程」の産物だ。
ちょっとずつ飲めば効くが、一気に飲めば毒になる。
薬を良薬にするのも毒薬にするのも、「程度」なのだ。
程度をわきまえなければ、薬は薬にならない。
そういう「程の大切さ」を薬で気づくところが、もう、すでに大人だ。
若者は、薬を飲まない。
薬剤師にも会わない。

そりゃ、程度の大切さにも、気づけないよな・・・。