12/12 「今年の漢字」と「流行語大賞」

「今年の漢字」が「金」に決まったらしい。
2000年、2012年も「金」だったので、今回で3度目だという。
一般投票で決められるため、
オリンピックが行われた年は「金」になりやすいらしいのだが、
なんとも、芸がない。
先日発表された「流行語大賞」は、「神ってる」という言葉が大賞を取り、
こちらも、前年の「トリプルスリー」と合わせて、
「誰も知らないし、使ってない」と、不評だった。

「流行語大賞」は、「今年の漢字」とは違い、選考委員が決めるため、
その「不評」は、ダイレクトに選考委員と世間とのズレを指摘された形だが、
僕は1999年の大賞に「ブッチホン」が選ばれた時点で、
この賞が本気で、流行語を選ぶ気がないことを知っている。
(多分、若い人は、「ブッチホン」なんて聞いてもわからないだろうが、
 当時の日本人のほとんども流行語大賞で説明されるまで何のことだかわからなかった)

「今年の漢字」のように、一般人に投票させても大して面白い答えは出ず、
「流行語大賞」のように、限られた人たちに決めさせても、納得の行く答えは出ない。
まるで、政治制度の話のようだが、
どの国や時代にも通じる最上の政治制度がないように、
一年間をひとことでまとめるための最適な方法などないのだから、
一度使った漢字は候補から外すなどして、
その都度、決め方を改変していくしかない。

そもそも「今年の漢字」も「流行語大賞」も、話が大きすぎるのだ。
オリンピックの「金」メダルや、政治資「金」問題があったから、今年は「金」だとか、
「安」保法案や、「『安』心してください、穿いてますよ」だから、前年は「安」だとか、
話があまりにも、飛びすぎている。
「流行語大賞」も同様に、ウェブ上で使われまくった言葉と、
地方のおばちゃん界隈で流行った言葉は違う。
色んな価値観や色んなフィールドを全部ひとまとめにするのは、
一年に一度、世界中からたった一人を選ぶノーベル賞のごたごたを見ていても、
結構、無理なことなんだと思う。
話がでかすぎると、何もまとまらない。

僕の地元の佐賀県では、年末になると新聞紙上で、
「今年の県内重大ニューストップ10!」という見出しで、
一年に起こったニュースが紹介されるが、
佐賀で一年間に起こったニュースなんて、たかがしれているので、
本当に重大なニュースは3つくらいで、4位くらいからは「たいして重大でないニュース」だし、
9位、10位なんて、年末になって初めて聞く、「こんなことも実はあってましたニュース」だ。
一年間をひとまとめにするなら、「県」くらいまでなのだ。
「国」は広すぎて、何を選んでも、誰が選んでも、必ず、誰かが文句を言う。
「国」はひとまとめにするには、広すぎる。
「県」クラスなら、誰も文句は言わない。
10個、ニュースを揃えるだけで、精一杯だ。