1/22 都市で踊っている人

「世界に一つだけの花」は、
世代を超えてみんなで歌える最後の曲だと思っている。
世代を超えてみんなで歌える歌もなくなってしまったが、
世代を超えてみんなで踊れる踊りってのも、なくなってしまった。
これまで地域で踊り継がれていた”伝統”舞踊は、
下の世代に引き継がれなくなり、
基本ステップだけ覚えてれいれば踊れた盆踊りすら、
都市に住んでいると、
参加する機会が少なくなっている。

大学生の頃、踊る機会が全然ないぞ、ということに気づいた。
都会で皆が踊る場所といったら、クラブくらいしかないが、
クラブは、「チャラい人」以外、門番に止められると思っていた僕は、
そんなところに行けるわけもなく、
部屋の中で、一人、ボックスを踏んでいた。
なんで、日本には、踊る場所がクラブしかないのだろう。
踊ることと、「チャラい」こととは無関係のはずなのに、
なんで、「チャラい人」しか踊ってないんだろう。

世の中を「チャラい人」、「普通の人」、「ダサい人」の
3つに(乱暴に)分けてみると、
「チャラい人」しか、日本では、踊っていない。
そう大学時に気づいて、嘆いているうちに、
いつの間にか、「ダサい人たち」も踊り始めていた。
アイドルオタは、サイリウムを持って全力でヲタ芸を打ち、
コスプレヲタは、ダンス動画をニコニコ動画にあげていた。
「チャラい人」は、クラブで踊り、
「ダサい人」は、ヲタ界隈で踊る。
踊ってないのは、「普通の人」だけになっていた。
どうやら、取り残されてしまった・・・。

「都市社会」「情報化社会」「ネット社会」は、
からだを置いてけぼりにする。
頭で考えたことを大事にして、
からだを、感覚を、フィーリングを、五感を、ばかにする。
そして、頭と体のバランスが、じょじょに崩れていく。
そんな社会の中でも、
「チャラい人」と「ダサい人」は、
それなりに体を動かし、汗をかいて、踊り狂っている。
その声が「ウェーイ!」なのか「ローマ−ンース!」なのかの違いはあれど、
からだを動かし、声を出して、からだでリズムを感じている。
踊っていないのは、
「チャラい」とも「ダサい」とも言われない「普通の人達」だ。
都市社会に上手く適応し、
情報化社会に難なく順応してそうに見える「普通の人達」が、
一番、バランスが悪く、危ういのだ。
気取ってる場合では、ない。